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暫くして、部屋がノックされる。
『飯、できけど』そう、ぶっきらぼうに告げるアツは『持ってくるか?』と続けて尋ねてきた。
俺の体のことを気にしてくれてるのだろう。
「……いや、降りるわ。……ありがと」
片付けのことを考えると、そこまでアツに世話を掛けるのも嫌だった。体は確かにダルいが、不良に喧嘩売られたときよりかは全然マシだ。……と思う。
下へと降りると、リビングからいい匂いがしてきた。
扉を開けば、テーブルの上にはいくつもの料理が並べられていた。
この短時間で用意したのだと思うと、すごい。料理のりの字も分からない俺は素直に感動する。
「……座れよ」
アツはそう言って、椅子を引く。
……なんか、ここまで甲斐甲斐しくされるのも、違和感があったが今だけは素直にアツに甘えることにした。
テーブルを囲み、向かい合って食事をする。
こんなの、いつ振りだろうか。
実家に帰ってきてからというものの、ちゃんとアツと食卓を共にした記憶がない。
それどころか、とそこまで考えて、思考を振り払う。食事中に思い出すことではなかった。先日のアツとの行為を思い出し、箸が止まる。
不意に、アツがこちらを見ていることに気付いた。
俺の反応を見ていたらしい。ばちりと目が合い、俺は、つい視線を離した。
……気まずい。
「……そういや、これ、全部お前が作ったのか?」
「……有り合わせでだけどな」
「アツ、料理できたのか……」
なんて、この微妙な空気を変えようと話題を切り出すもそれほど盛り上げるわけでもなく。
俺は、観念して再び箸を持ち直した。
「それじゃ……いただきまーす」
手元にあったおかずを摘み上げ、口に放り込む。
想像していたよりも、しっかりとついた味は俺好みで、なんというか、懐かしいというか、母親と同じ味付けというか。
「……」
「……うまい」
「……不味いわけねーだろ」
もしかして母親に作り方を習ったのだろうか。
そう口にするアツが、微かに笑ったような気がした。
しかし、それも一瞬のことだ。いつもの仏頂面に戻る。
「飲み物……水とお茶があるけど」
「ん、あぁ……じゃあ、水……」
そう答えれば、「待ってろ」とアツは席を立つ。
用意されたそれはぬるま湯だった。俺は別に風邪を引いてるわけでもないのだけど、アツなりの気遣いということか。
俺は、ありがたくそれを頂戴する。
「……」
なんか、変な感じだ。
昔みたい、というにはあまりにも溝があるし俺もアツも変わっていたが、それでも、ゆっくりと流れる時間はなんだか懐かしく思えた。
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