絶対不可侵領域

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あいつが何を考えてるのか日に日にわからなくなっていく。 俺のためなのか、それとも別に目的があるのか。 アツの怪我は数日もすれば大分治ってきた。母親もアツが怪我して帰ってくるのは珍しいということで心配していたが、アツはというといつも通りで、それどころか、ほんのちょっとだが俺に優しくなった。 「……はよ」 「あ……おはよ……」 すれ違う度に、目が合うとアツはそう挨拶してくれる。相変わらず朝のアツはいつも以上に機嫌悪そうだが、それでもその声は優しいのだ。 足を引き摺るようにして洗面室へと歩いていくアツを見送り、俺はリビングへと入る。リビングには母親が朝食の準備をしていた。 冷蔵庫から俺の好きなジュースを取り出し、ソファーへと飛び込む。テレビをつけて、面白そうなところにチャンネル合わせてそれをジュース飲みながら眺める。うーん久しぶりだ、こんなだらだらした朝は。 「あんたいつまでこっちにいるのよ」 人が寛ぎだした矢先キッチンから飛んできた母親の声にやや萎えた。 「なんだよ、そんなに追い出そうとするなよ。……言われなくてもそろそろ戻りますよーだ」 「そうよ。毎日毎日フラフラ遊んで。ちゃんと勉強してるの?バイトは?また辞めさせられたの?そんなんだから彼女と長続きしないよ」 「あーあー!うるせーうるせー!」 説教モードかよしかも。そんなことを言い争っていたら、アツがリビングへと入ってくる。 「……帰んの?」 そして、そう一言。俺の方に向き直ったアツは、そう静かに尋ねてくる。その声は低い。 僅かに強張ったその表情に、少しだけ、緊張した。 「……ん、あぁ……そうだな、いつまでもこっちにいるわけには行かないし……」 ……もしかして、止められたりするのだろうか。昔のアツなら嫌だ嫌だと駄々捏ねていただろうが、とそこまで考えたときだ。 「……あっそう」 それだけを言い、アツはキッチンの方へと向かっていく。 まさかの、無反応。別に駄々捏ねてほしいわけではないし、けれど、あっさりとしたアツの反応は想定外だった。 ほんの少し違和感を覚える。……なんだ、俺、ちょっと寂しいとか思ってんじゃねーよ。 「母さん、飯」 「はいはい、アンタの好きなだし巻き卵ね。ほら、ワタルも食べるんなら一緒に食べときなさい」 「俺別にお腹減ってないし」 「またそんなこと言って、あとから言っても作らないわよ」 「……」 しかもこの扱いの差よ……。 「分かった……分かりましたって、食べればいいんだろ」 なんだか腑に落ちない気分のまま、俺はアツと同じ食卓につくことにする。 ここ最近は平和だった。そりゃいろいろあったはあったが、なんつーか、そのアツと変な空気になることが少なくなった。こう言い方もあれだが、ちゃんと兄弟してたらこんな感じなんだろうなっていうような平穏な時間が過ぎていく。 そのせいか、色々俺は忘れていた。慣れていた。……甘んじていた。 食事を終え、テレビを眺めていたときだ。 テーブルに置かれていたアツの携帯が震えだす。ディスプレイには【美和】という表示。 「美和?」 思わず、俺はその名を口にしていた。 女の名前から電話かかってこようが別にそれは良い。だって俺の弟だし、モテるだろうし、寧ろ大歓迎だ。けれど、引っかかったのはその名前だ。 俺の記憶が正しければ美和は、元カノだ。それもこの前アツと一緒に歩いていた、あいつだ。 やっぱり、と思った。見間違いではなかったのだと。 「美和って、あの美和か?……お前と同級生の」 そう思い切って尋ねてみる。そうすると、着信を拒否した アツは鬱陶しそうにこちらを睨んだ。 「……だったらなんだよ」 「なんだってわけじゃねーんだけど……前さ、腕組んで歩いてるところ見たんだけど、お前あいつと付き合ってるのか?」 「いや、悪いとかそういうこと言ってるんじゃなくて……お前、あいつのこと嫌いだっただろ?いや、全然いいんだけど……」喋れば喋るほど自分でも何言ってるのかわからなくなってくる。けれど、口にして気付いた。違和感の正体はそれだった。俺があいつと付き合ってるときは美和のことをボロクソ言っていたアツが、と思うと何かあったのだろうなとは思うが……。 「……」 アツは、舌打ちをし、携帯をポケットにしまう。それから、何も言わずにそのまま席を立った。 「あ、おい……」 別に責めたつもりはなかったけど、居心地が悪かったのかもしれない。兄には触れられたくないことだったのかもしれない。前々から歴代の彼女たちにあんたはデリカシーがなさすぎると怒られてきたが、やはりそうなのかもしれない。少し反省する。 けれど、彼女がいるなら少し安心した。 俺のせいで色々捻くれてしまったらと心配していただけに、普通に恋愛できないやつになってしまったらと気になっていたのだ。 その心配は、無用だったらしい。 
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