絶対不可侵領域

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実弟に貪り食われる。 かつて俺が同じことをされたように、いや、それ以上の熱量を持って嬲られ、骨の髄までしゃぶり尽くされる。 「……っ、ふ、ぅ……く……っ」 「……亘……っ」 俺は何をやってるのだろうか。 何度目かの自問自答。けれどそれは答えを見つけるよりも先に背後から腹の底から突き上げてくるアツに掻き消される。 声にもならない声が漏れる。熱い。腹の中突き破って口から出てきそうだ。喉の奥、脳髄までもがアツの熱に犯され、何も考えられなかった。 「っ、は……ぁ……うぅ……っ」 抵抗することはとっくにやめていた。伸ばした手を弟の背中に回し、夢中になって受け入れる。アツ、と名前を呼べば腹の中いっぱいに入った弟のそれは一層大きくなり、質量が増す。内側から押し広げられるに何度も摩擦され、性器の裏側を執拗に亀頭で潰されれば頭の中が真っ白になり、自分のものと思えないような甘い声が洩れた。 「っ、アツ……篤人……っ、も、ぉ……むり……おれ……っんん!」 唇を塞がれる。手のひらを重ねられ、指を絡めるように手のひらごと握り締められた。軋むベッド。吐息が混ざり合い、結合部は熱のあまり溶け合うような錯覚を覚えるほどだ。 射精するのに時間はかからなかった。口内と下腹部、両方をアツに嬲られ、俺は呆気なく自分の腹に射精した。 「っ、は、ぁ……っ、も、や……俺……っ」 「……嘘付け、こんなに勃起させといて何言ってんだよ」 「っ!ぁ、は……っ!待っ、アツ、本当に、俺……っ!んんぅ!」 先走りとローションでどろどろになったそこは拒むことができない。猥雑な音を立て力任せに挿入されれば、痛みにも似た快感が込み上げてきた。熱い。焼けるように熱い。 性器が突っ張るように痛んだ。 アツの言うとおりだ、射精したばかりにも関わらず中を擦られただけで俺のものは甘く勃ち始めるのだ。 「……付き合えよ、こっちはずっと待ってたんだから」 女でも口説くみたいに耳元で囁かれ、腹いっぱいになった腰を抱かれる。ねっとりと背筋を撫でられ、隙間なく抱き締められれば性器が潰され、ぞくりと体が震えた。 何も考えられなかった。 けど、こいつが酔ってることはなんとなくわかった。 仄かに残ったアルコールの匂いを感じながら、蕩けきったその目に見詰められた俺はわかってて、それに溺れるのだ。 ここでやめておけばよかった。 そんなこと思ったところで全て後の祭りだ。 それに、俺も、酔っていたのかもしれない。久し振りの行為に、その熱に充てられ、正常な判断ができなかった。 それからの記憶は曖昧だ。 久し振りにアツに抱かれたということもあってか酷く興奮していた。それは、アツも同じかもしれない。あれほど冷たかった手が酷く熱く感じるくらいにはなっていたのだから。 泥のように気絶し、目を覚ましたときにはアツの姿はなかった。その代わりぐちゃぐちゃに汚されたはずの寝巻きも全部キレイなものに着替えさせられていた。 こういうところ、あいつはまめだよな。 妙なところに感心しながらも、全身の倦怠感に耐えられずに俺は再び布団に潜る。 アツのことがわからない。体を重ねるごとにわからなくなっていく。一時期は昔みたいに……とは言わずとも、少しは仲良くなれたかもしれないなんて思っていたが……こんなことをしているようでは少なくとも俺が思っていた兄弟図には程遠い。 ……俺のせい、だろうけど。 アツの匂いが残ったベッドに、心臓が微かに反応する。 それを見てみぬふりをしながら、俺は、再びまぶたを閉じた。 翌日。 アツは帰ってこなかった。 別に珍しいことではないとわかっていたが、前回傷だらけで帰ってきたときのことを思い出して気が気ではなかったのだ。 俺は煙草を買いに行くついでに、と言い訳をしながら夜の街へと出た。 夜というよりも既に朝日が登り始めていた街は始発を待つ人間がちらほらいるくらいで、酷く静かだ。 ひんやりと指すような夜風に身震いしながら、俺は何気なく街を歩いていた。 アツがどこにいるかなんてわかるはずもないのに、宛もなくぶらつくのだ。つくづく自分の無計画さに呆れていた。 もちろんこの広い街でそうそう目当ての人物を見つけることなんてできなかった。ましてや、アツがどこで遊んでるのかもわからない。 本調子でない体も疲れてきて、結局俺はコンビニでタバコだけ買ってそのまま帰ろうとしたときだった。 コンビニを出たとき、向かい側からやってくる見覚えのある人影。 「亘くん?」 昔と変わらない小柄な体格に女の子特有の甘い声。 そこには高校二年のときの元カノである美和がいた。 つい最近見かけたばかりだが、こうしてちゃんと面と面合わせるのはすごい久しぶりだ。 とはいえ、付き合ってたのも二ヶ月くらいだし別れてからは自然と疎遠になったし……。 てか。 「久しぶりだな、美和」 「やっぱ亘くんだよね。うそ、帰ってきてたんだ」 「夏休みの間だけね。もうそろそろ戻るつもりだよ」 「へえ、そうなんだ。知らなかった」 「そうだったのか?アツから聞かなかったんだ」 特に何も考えずに恋人であろう弟の名前を出してみれば、美和の表情が「え」と強張った。 「……なに?亘くん、知ってたの?」 「まあ、噂でちらっとな」 やっぱりあんま触れない方がよかったのかな、と思ったが気になっていたし俺がコソコソするのも変な感じがしたのであくまでいつも通り接してみることにする。 アツの名前を出した途端美和の表情が緊張し、なんだか落ち着かない様子だ。 「……あ、別に俺は気にしてないんだけど……そうだ、あいつ気難しい性格だろ?ちゃんと仲良くできてんの?」 「……うん、まあ……」 「…………なんかあったのか?」 美和の歯切れの悪さからしてうまく行ってなさそうなのは一目瞭然だ。 ……昨日アツに抱かれたばかりの俺が心配するのも変な話ではあるが。 美和は辺りをちらちらと見渡し、そして「ねえ、亘くん」と顔を寄せてきた。 普段は高めのその猫なで声も、自然と声のトーンも落ちる。 「……アツ君って、家でおかしなところとかない?」 「え?」 美和から尋ねられ、思わず間抜けな声が出てしまう。 おかしなところ、と言われればおかしなところしかないのだが、まさかどれのことを言ってるのかと変な汗が滲んだ。 「おかしなって……あいつ確かに変わり者だけど……どうかしたのか?」 「……なんか最近冷たいし、前まで優しかった……わけじゃないけどそれでも付き合いもよかったのに最近素っ気なくて。……聞いたら他所で遊び回ってる風でもないし……その、家に別の子連れ込んでるとか……」 「んー……ああ、なるほどねー……」 思わず手を叩いてしまいそうになる。 ……浮気を疑ってるわけね。 正直、俺は嫌なくらい心当たりがあった。……いや、まさかな、いくらブラコンとはいえ……美和のようなかわいい彼女よりも俺を優先させるようなこと……ありそうなんだよな、あいつなら。 「なるほどって、もしかして……」 「違う違う、俺が家にいる限りそういうのは見たことねえけど……あいつの場合気分ですぐコロコロ変わるからあんま気にするなって」 「……本当に?」 「本当本当。すぐにあいつも元通りに戻るよ。だからお前も今は好きなことしとけばいいんだって」 「……うん」 ようやく納得したのか、美和は弱々しく頷いた。 ……なんで俺がこんな二人の仲を保たせようとする役割になってんのだろうか。甚だ疑問ではあるが、やはり可愛い女の子が悲しんでるのはあまり見たくない。 けれど、ちゃんと美和がアツのこと好きで安心した。 兄離れして彼女できなかったらどうしようなんて心配をしていたのが遥か昔のようにすら思える。 そうだ、俺が帰れば元通りになるのだ。 「美和もなんか用事あったんだろ?呼び止めて悪かったな」 「ううん、どうせ暇だったし全然平気。それよりも、アツに会ったらちゃんと電話って言っててね」 「……はーいよ、了解」 なんて手を振りあって美和と分かれる。 ……それにしても、寿命十年くらい縮んだんじゃないか? なるべく表に出さないようにしていたつもりだが、前髪の下、額に汗が滲んでるのを掌で拭う。 ……こんな緊張は浮気現場見られたとき以来だな。 なんて思いながら、俺は買ったタバコを開け、一服して家へと帰ろうとする。 それにしても美和、ちゃんと成長してたな。前も可愛かったが、いいところは残したまま成長してたっていうか……あーあ、アツの彼女じゃなければな。 なんて邪なことを考えながらタバコを灰皿に押し付け、そのまま捨てる。 いい感じに時間も潰せたので目的は果たせなかったけどこのまま帰るかと残ったタバコの箱をポケットに捩じ込み歩き出す。夜の空気はどこか湿気を孕んでいて重たい。 アツは俺が喫煙してると嫌な顔をするのであまり家で吸わないようにしているのだが、考え事してるとやはり口が寂しくなるから仕方ない。 いつの日か俺が先輩からもらったタバコ吸ってるの見た中学生だったアツがそれを取り上げて「体に悪いからやめろ」ってキレ散らかしていたのを思い出す。 あのときのアツは見たことのない顔をしていた。子供の癇癪とは違う。周りよりも少し早かった成長期の最中、顔つきが少年から青年へと変わるその中間。感情のない、それでいて押し殺したような目。 「……美和と何を話してた?」 ……そう、あの日もこんな目をしていた。 閑静な住宅街。切れかかった街頭がチカチカと頭上を照らす。その灯りによりアツの顔にかかった陰が更に濃くなっていた。 「……アツ……?」 このタイミング、この場所。どこから見ていたのか、聞いていたのか、なんでここにいるのか、色々疑問は湧いたが、目の前のアツの纏う空気に俺は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。 空気が、おかしい。それを肌で感じたからだ。 本能、シックスセンス、この際言い方なんてどうでもいい。 やばい、そう数多の修羅場を潜ってきた俺の本能が警笛を鳴らす。
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