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飲んだ翌日、記憶が飛ぶことはよくあった。
焼けるように乾いた喉、そして脳味噌ごと揺さぶるような鈍い頭痛に目を覚ます。
「クッソ……頭いってぇ……」
全身が酷く怠い。
昨日ハイペースで飲んだからだろうか、完全に二日酔いのようだ。
見覚えのある部屋の中、そのベッドの上。
そういや、昨日はどうやって帰ってきたのだろうか。皮膚に張り付くシャツからして、着替えてるようだがまるで記憶にない。
それにしてもやけに生々しい夢を見たような気がするが……。
思いながら起き上がったとき、隣に俺以外の熱を感じた。
不自然に膨らんだ布団、恐る恐る捲る。そして、息を飲んだ。
「っ、て、あ?!」
ベッドの上。
なんということだろうか、そこには猫のように丸まった大柄な男もとい実弟がそこではすやすやと寝息を立てて眠っていた。それだけでもなかなか驚きだったが、やつは下着しか履いていない。そして、体の至るところに赤い傷跡があって……。
なんで、どうして、と硬直していたとき、アツは眩しそうに目を開く。
「……うるせぇな……声抑えろよ」
「おい、なんで、アツ、お前……ここに……」
「は?……お前が一緒に寝ろって言ったんだろ」
「え」
全く覚えてねえ。
俺がアツに?そもそも俺は確か椎名に連れて帰ってきてもらってそれで……。と、そこまで記憶を掘り返したときだ。脳裏に、近付いたアツの顔が蘇る。唇の感触。肩を掴む指の感触。あらゆる感触が今になって蘇り、血の気が引く。
「……俺、なんか酔ってアツに変なことした……?」
イヤな汗がだらだらと滲む。
小声で尋ねれば、じとりとこちらを睨んでいたアツはそのまま俺の腕を引っ張り、それからベッドへと引きずり戻した。
「………………」
「あ、アツ……?……っん、ぅうッ!」
躊躇いなど、なかった。朝日の差し込む部屋の中、俺は、寝起きの弟に唇を重ねられる。
とてもじゃないが家族にするような親愛のそれとは違う甘美なそれに、昨夜の記憶がどっと蘇る。
夢ではない、やっぱりあれは、全部、現実だったということか。
「待っ、んんッ、ぐ……ッ」
咄嗟に逃げようとするが、背中に回された手に更に抱き締められ、敵わなかった。
シーツが擦れる音に混ざって、濡れた音が響く。唇を舐められ、体が強張った。
「……思い出したか?」
そう、こちらを覗き込むアツの口元は皮肉げに歪む。
久し振りにまともに見た弟の顔は、男の顔をしていた。
ドキドキとか、ショックとか、嫌悪感とか。そんなものを改めて感じる余裕もなかった。ただ、俺の目の前には弟と寝てしまったという事実だけが残っていて。
「……夢じゃ、なかったのかよ」
そう口にする俺に、アツは「お前本当酒やめろよ」と吐き捨て、ベッドから降りた。暫く俺はその場から動けなかった。
外はもうすでに日が高く登り、泣き叫ぶセミの声がやけにうるさく響いた。
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