前編

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保健室前。 扉の前までやってきた俺は、そのまま扉を開こうとする。 「でも、よかったな。大したことなくて」 ふと、僅かに開いた扉の隙間から聞き覚えのある声が聞こえてきた。 久保田だ。 安心したような久保田の声に、思わず俺は手を止めた。 「……ごめんね、迷惑かけちゃって」 誰と話しているのだろうかと聞き耳を立てていると、聞き覚えのあるたどたどしい声が聞こえてくる。 馬淵だ。 馬淵もいる。 なんであいつと久保田が保健室に一緒にいるんだ。 話では久保田が保健室に向かったとしか聞かされていない俺は、酷く不愉快な気分になる。 しかも、二人の会話からすれば馬淵が怪我をして久保田が付き添いのようだ。 俺との下校よりも怪我した馬淵を優先させた久保田に呆れを通り越して軽いショックを受ける。 いや、もしかしたら馬淵が駄々を捏ねて久保田に気を遣わせたのかもしれない。そうに違いない。 優しい久保田のことだ、怪我したらしい馬淵をほっとくわけにいかなかったのだろう。 そう思い込んでみるが、久保田が馬淵を優先させたことには変わりない。 久保田に裏切られたような気持ちと馬淵の浅ましさに腹の底から嫌なものが込み上げてくる。 今すぐ扉を開き邪魔したいのを堪え、俺は扉の隙間から保健室の様子を覗いた。 一分一秒でも二人きりにはさせたくなかったが、どんな会話をしているのか気になったのだ。 酷いジレンマに苛まれる。 それでも俺は覗き見を止められなかった。 「いーっていーって、気にすんなよ」 扉の隙間から、おおらかに笑う久保田の横顔が見える。 細い隙間からは久保田の姿しか見えなかったが、恐らくその視線の先に馬淵がいるのだろう。 そのことが憎たらしくて極まりない。 「それより、足はもう大丈夫かよ。すっげー派手に捻ってたけど」 「……うん、なんとか。ほら、ちゃんと動くし」 「おっ、んじゃよかった。そろそろ戻るか、古屋が寂しがってるだろーし」 「あいつ、ああ見えて寂しがり屋なんだよ」そう笑う久保田に、俺は耳に熱が集まるのを感じる。 久保田が第三者に自分の話をしているだろうとはわかっていたが、まさかこんな形で話題に出されるとは思わなかった。 そうだよ。 寂しがり屋だから俺をほったらかしにするなよ。 隙間から覗く久保田の笑顔にきゅっと心臓が締め付けられ、なんだか自分のしていることが恥ずかしくなってきた俺は扉から顔を離そうとした。 「……あの、久保田君」 不意に馬淵の声が聞こえてくる。 顔を離そうとしたしたものの、やっぱり気になって仕方がなかった俺は再び視線を向けた。 「ん?どうしたんだよ」 「……古屋君と久保田君って、仲いいんだね」 いつもの調子で聞き返す久保田に対し、馬淵は震えたような声で尋ねる。 「まあな。前も言っただろ、一年の頃同じクラスのとき……」 「古屋君と付き合ってるの?」 その馬淵の一言に、終始笑顔だった久保田の顔に僅かに困惑の色が滲んだ。 なに言ってんだ、こいつ。 馬淵の口から出たその言葉に、俺は背筋が震えるのを感じた。 あまりにも突拍子のない馬淵の思考に、呆れを通り越して言葉にし難いものになる。
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