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校舎内、保健室。
ただでさえ人気の無いそこはひっそりと静まり返り、校庭で運動してる生徒の声を聞き流しながら俺はストーブで暖まることにした。
「…………」
適当な長椅子に腰をかけ足をブラブラさせつつ、ちらりと近くの棚に目を向ける。
紙おむつ……いややっぱないな。なんて思いながらやることもなく制服が乾くのを待っていたときだ。
いきなりガラリと音を立て、保健室の扉が開く。
もしかしなくても誰か来たようだ。先生だったら面倒だなあなんて思いながら扉に視線を向け、そこに立っていた人物の姿に俺は目を丸くさせる。
長くも短くもない黒髪にぱっとしない地味な顔立ちのその生徒には見覚えがあった。
日生弥一。よく七緒にくっつき回ってる一年で、うちの義弟の友人だ。
「…………」
徐に目があって、日生はぎょっと目を見張る。
どうやら俺の格好が原因のようだ。
「な、にやって……」
呆れたように顔を引きつらせ口をパクパクと開閉させる日生に俺は「服乾かしてんの」とだけ答える。
一応タオルで隠しているのだからそこまで驚くほどのものではないと思うのだが。
「服?」
「って、なんですかこの匂い」俺の言葉に不思議そうにした日生はそのまま保健室内に踏み入れ、そう呆れたような声をあげる。
不快そうな顔をする日生。間違いなく今乾かしているこの制服が原因なんだろう。
「うっそそんなに臭い?」
「なんかきったねえ水ぶっかけられてさー乾かしてんだけど」言いながら椅子に引っ掻けた制服に目を向ける。
確かに多少匂いが気になるがそんな離れたところまで匂うのだろうか。
「水?」俺の言葉に訝しげに眉を寄せる日生。
「……ちゃんと洗ったんですか?」
そう恐る恐る尋ねてくる日生の言葉に俺は「洗う?」と目を丸くした。
「洗ったら濡れるじゃん」座ったままそう答えれば、日生は呆然とこちらを見る。
それも束の間。そのままズカズカとこちらへと歩いてきたと思ったらいきなり椅子に掛けておいた制服を取り上げられた。
「すみません、ちょっとこれお借りしてもいいですか」
何事だ。突拍子のない日生の行動にぎょっとしていると、まだ乾いていない制服を手にした日生は俺の返事を待たずに水道へ向かった。
そして、蛇口を捻り水を出したかと思えば抱えていた制服をそのままシンクに突っ込んだ。
「あーっ」
ざぶざぶと水に濡れていく制服に思わず俺は「なにすんの日生君っ」とシンク前に立つ日生の腕を引っ張る。
それに対し、うるせぇなこいつと言いたそうにこちらを見る日生は「ちゃんと洗わないと大変なことになりますよ」とだけ返してきた。
素っ気ないくせにまたお節介焼いてくる日生にムッと顔をしかめる俺は「それじゃ乾くのにまた時間かかんじゃん」と唇を尖らせる。
「なにか用でもあるんですか?」
「あるよ」
「急用ですか」
「彼氏んちにお見舞いに行く」
そうだ、俺愛斗の家にお見舞いに行くんだった。尋ねられ、そう答えてから改めて思い出す。
岸本とのことで頭がいっぱいになっていたお陰ですっかり忘れていた。
「……彼氏?」
どうやら俺の言葉が気になったようだ。
彼女というにも無理があったので彼氏と言ったのだが恋人と言った方がよかっただろうか。
が、日生は俺の性癖をよく知っているのでわざわざ訂正する必要はないだろう。
「ああ、七緒のことじゃないから心配しなくてもいいから」
「別になんも言ってないんですけど」
本当わかりやすい。七緒の名前を出した瞬間俺から視線を離す日生は制服を水洗いするのに集中し始める。
「まあいいや、臭いまま行くのもあれだし」そんな日生を一笑した俺は「どんくらいで乾きそう?」と日生の手元を覗き込んだ。
「さあ、どうでしょうね。暫くは掛かるんじゃないんですか?」
「ふーん、その間暇だなあ」
「まあ、日生君がいるからいっか」濁るシンクの水を眺め、そう日生を見上げれば日生は慌てて顔を逸らした。本当、わかりやすい。
「ねーねー日生君、保健室になんか用あったんじゃないの」
「……少し具合が悪かったので体温を測りに来ました」
「へえ?日生君も風邪?」
あまり具合が悪そうには見えないが、もしかしたらサボリなのかもしれない。まあ、どっちでもいいか。
「最近多いなあ風邪」言いながら日生から手を離したとき、ぞくりと背筋に悪寒が走る。
そしてその瞬間、「っくし!」とくしゃみが出た。
「……あー俺も来たかも」
「当たり前じゃないですか」
即答だった。ぐずる俺に今さらなに言ってんだとでも言いたそうにする日生。
こうもう少し「俺が暖めてあげますよ」とか「先輩はかっこいいからきっと誰かが噂してるんですよ」とか気の利いたことは言えないのだろうか。嘆かわしい。
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