4.お人好し

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「愛斗ーほらもう臭くないよ。好きなだけぎゅって出来るよー……って、愛斗?」  愛斗んちのシャワーを借り、ざっと洗い流した俺は拝借したタオルで髪を拭いながら二階にある愛斗の部屋へ向かった。  そして扉を開けばそこには愛斗の姿はなく、どこに行ったんだあいつと室内を見渡したときどこかから小さな寝息が聞こえてくる。  ベッドの上、布団を被った愛斗が爆睡していた。  どうやら俺がシャワー浴びてる間に限界が来たようだ。  ベッドで待つなんてなかなか大胆なやつだななんて思いつつベッドで眠る愛斗から目を離した俺はふと机の上にあるとあるものに気が付く。  中途半端に散らかった机の上。その一ヶ所だけ、なにかを隠すように布がかかっていた。 「……」  前に遊びに来たときはこんなもの無かったような気がするが。  愛斗に限ってまさかとは思ったが、やたら愛斗に絡む女子連中の顔が脳裏にちらついた。  なにかが隠されているのを見て直ぐ様そっち方面を想像してしまう自分がなんだか可笑しくて、内心自嘲しながら俺は机に近付き、そして布を捲る。  すると、そこにはなんとも愛らしいテディベアが現れた。  愛斗の趣味から掛け離れた、やたらヒラヒラもこもこした装飾のそれには見覚えがあった。  俺が此花へのプレゼントに用意したぬいぐるみだ。  あの日、愛斗から取り上げられすぐに処分されるだろうと思っていただけに、まさかご丁寧に机の上に飾ってるなんて思ってもいなかった俺は目を丸くさせる。  もしかして、俺が来たから慌てて隠したのだろうか。そう考えるとなんだかもう愛斗が可愛くて可愛くて、顔がじわじわ熱くなり、頬の筋肉が弛んだ。この恥ずかしがり屋さんめ。そういいながらベッドに飛び込みたかったが、愛斗が可哀想なのでやめとく。  代わりに、テディベアを机の上から愛斗の枕元に移動させておいた。  仏頂面の寝顔と愛らしいテディベアのあまりのミスマッチさににやにやしながらベッドの愛斗を眺めていたときだった。  不意に、ぴーんぽーんと呼び鈴が響く。  誰だよ、愛斗がゆっくり休んでるときに呼び鈴鳴らしやがって。  静かな室内に鳴り響く音に内心舌打ちをしながら、窓に近付いた俺はそのまま古賀家の門の前を見下ろす。  そして、そこにいた訪問者に俺は目を見張った。  白に近い派手な金髪頭に、見覚えがあるうちの制服。長閑な住宅街から凄まじく浮いたそいつには見覚えがある。  多治見公太郎。なんであいつがここにいるんだ。ここは愛斗の家だ。なんで多治見が訪ねてくるんだ。  咄嗟に窓を開き、なにかゴミでも投げ付けてやろうかと試行錯誤したときだった。 「っ、ん……」  ベッドの方から、小さな呻き声が聞こえてくる。  どうやらこのやかましいインターホンで愛斗が目を覚ましてしまったようだ。  自分の側に転がっていた熊のぬいぐるみにぎょっとした愛斗はそれを退かし、ゆっくりと上半身を起こす。 「愛斗」 「……」  鬱陶しそうに眉間に深いシワを寄せる愛斗は俺の呼び掛けを無視してベッドから降りる。 「愛斗」もう一度、今度は愛斗の腕を引っ張り引き留めながらそう名前を呼んだ。すると、相変わらず不機嫌そうな顔をした愛斗は睨むようにこちらを見てくれる。 「……なんだよ」 「出んなよ」 「は?」 「出ちゃダメだって」  どうしても愛斗に多治見を近づけたくなかった俺はそう引き留めようとするが、そんな言葉で「はいそうですか」と聞き入れてくれるような愛斗ではなく。 「なんでお前の言うこと聞かなきゃいけないんだよ」 「……だって、多治見が」 「多治見がなんだよ」 「…………」  責められるように尋ねられ、言葉が詰まった。  多治見が……なんだろうか。多治見に会ったら愛斗がなにかされる?いや、別にハッキリ言われたわけじゃないしあくまでもただの狂言の可能性もある。  愛斗からしてみれば、ただ単に俺が駄々捏ねているようにしか聞こえないだろう。  しかし、今のところその認識はあながち間違えていない。それに、そんな俺の私情で動いてくれる愛斗じゃない。 「……」  言葉に困りただがむしゃらにしがみつく俺を一瞥した愛斗はそれを面倒くさそうに振り払い、構わず階段を降りていく。  愛斗を追って慌てて一階へ向かえば、リビングのその壁際、壁に取り付けられたインターホンの受話器を手に取った愛斗がいた。  咄嗟に俺は愛斗の肩を掴み、強引に唇を塞ぐ。とにかく、邪魔を仕方かった。こんな形でキスをするのは不覚だったが、一番愛斗に効果があるのはこれだ。 「……っ」  柔らかい唇を貪るように吸えば、ぎょっと目を丸くした愛斗は唇を固く閉じる。  一の字に結ばれた唇の上下を割るように舌を無理矢理滑り込ませ歯列をなぞれば僅かに歯が浮いた。  それからはもう、夢中になって愛斗を邪魔してやった。  離れようとする愛斗の服にしがみつき、突き出した舌で咥内を荒らす。舌を動かしすぎて、開いた唇の端から唾液が溢れた。  これは、明日風邪引いちゃいそうだ。なんて思いながら、愛斗の手首に触れ手のひらを抉じ開けた俺はそのまま相手からインターホンの受話器を奪い取った。  そのままガチャンと音を立てインターホンに戻したとき、思いっきり肩を押し退けられる。  とにかくインターホンを奪うことしか考えてなかった俺は抵抗してくる愛斗への対応に遅れ、そのまま小さくよろめいた。 「出ていけ」  愛斗の唾液が残る唇を舌で舐めとり、目の前の愛斗を見る。  まあ、こんな反応されることはわかっていた。  軽蔑するような眼差しに不愉快そうに歪んだ表情。甘さなんてものとは程遠い、拒絶するような雰囲気。  ここで赤面一つでも見せてくれたら可愛いのだろうけど。なんて思いながら、咄嗟に身構えた俺は一歩後ずさった。 「キスくらいで照れんなよ」 「出ていけって言ってんだろうが」 「そんな怒んなくていいじゃん……」  睨まれ肩を竦めたとき、伸びてきた手に胸ぐらを掴まれた。 「えっ、うそうそ」そのまま歩き出す愛斗に引きちぎる勢いで服を強く引っ張られ、俺は引き摺られないようについていくが愛斗が向かう先はベッドがある部屋でも布団がある部屋でもなく、玄関だった。 「あいったたたた」  開いた扉から乱暴に投げ出され、着地失敗した俺は玄関の前に尻餅をつく。そして、続いて投げ出されるは俺の靴。  近くをコロコロと転がるそれに目を向けた瞬間、玄関の扉はバタンと大きな音を立てて閉まった。
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