4.お人好し

44/46
233人が本棚に入れています
本棚に追加
/151ページ
「…………」  夕暮れどき。降り注ぐ赤い夕陽が目に染みる。  愛斗んち前。ぽつんと残された俺はのそりと立ち上がり、取り敢えず靴を履くことにした。  住宅街は無人で、人気はない。このまま意地でも愛斗んちに張り付こうかとも思ったが、どうせ愛斗も上げてくれないだろうし今度は歯を折られ兼ねない。愛斗に殴られるのは嫌いじゃないが、痛いのは嫌だ。  籠城する愛斗を諦め、すごすごと退散する俺は門を出て取り敢えず小腹が空いたので家かどっかへ寄ろうかとかそんなことを考えながらフラついていたときだった。 「なにしてんのお、きみ」  不意に、聞き覚えのあるねっちょりと絡み付くような聞き障りが悪い声が聞こえてくる。  前方数メートル先。愛斗の家からちょっと離れた住宅街のど真ん中、多治見とその取り巻きっぽいのがいた。 「それこっちの台詞なんすけど」言いながらなんとなく身構えれば、「ぼく?」と目を丸くした多治見は笑みを浮かべ「気になる?まあきみには教えてあげないけどねぇ」と続ける。  まあムカついたがどうせ俺も多治見にわざわざ説明するつもりはない。 「奇遇っすね」そう笑み返せば、多治見は「あははっ、うざいなぁきみ」と朗らかに笑って見せた。その目は笑っていない。  俺たちのやり取りに周りにいた連中がなにか言いたそうにこちらを睨んでいたが口は挟んでこないので無視することにした。 「ところでさあ、邪魔なんだけど退いてくれないかなぁ」  そういう多治見は俺の背後に目を向ける。その視線の先には愛斗の家が映り込んでいた。  なかなか出ないものだから一旦離れて見張っていたのか、どちらにせよ愛斗に近付くつもりなら黙って見逃すわけにはいかない。 「愛斗になにか用?」 「えー別にぃ?」 「まさかそんな柄悪いの引き連れて人ん家の前見張っててなんにもないとか言わないですよね」  しらばっくれる多治見にそう詰るような口調で続ければ、多治見はムキになるこちらに対し楽しそうに笑う。 「残念だけどそれがなんもないんだよねえ」 「まだ」確かに薄い唇はそう動いた。  どう言い方をすれば俺が取り乱すか様子を見ているのだろう。相変わらず嫌なやつだと思った。  しかし、多治見の判断はあながち間違ってはいない。腹を探るような目も含んだような口調も俺の嫌いなものだ。俺からそれを察したのだろう。 「きみの方こそなにしてんのお?」  益々楽しそうに目を細め唇の両端を持ち上げる多治見は二度目のその質問を投げ掛けてきた。  違う反応が返ってくると思ったのだろう。お望み通り、「風邪引いた恋人に会いに」と笑いかければ多治見は「恋人ねぇ」とくすくすと笑った。  ああ、ダメだ。ムカつく。俺の嫌いなタイプを具現化したような多治見が目の前で笑顔を浮かべているだけでもムカつくのに、先ほど愛斗とのいい感じの空気を邪魔したのも俺の綺麗な顔を傷付けたのもこいつだと思ったらなんかもう今すぐ一発二発とは言わず手が折れるまでぶん殴りたかったがどうやらこいつは俺がムキになればなるほど悦ぶというなかなか奇異な性癖をしてるらしいので腸がグツグツと煮え繰り返すのを必死に堪えながら俺はただ朗らかに笑んだ。ピクピクと頬の筋肉がヒクつく。  そして相変わらず隈が滲んだ目元を三日月のように歪め、なかなか不気味な笑顔を浮かべた多治見だったが、ふと、俺の背後に目を向けその笑みを消した。 「まあいいや、今日は諦めて帰ることにするよ。邪魔が入ったからねぇ」  そして、どういう風の吹き回しかそう続ける多治見に俺は眉を潜めた。  邪魔?なんとなく気になって聞き返そうとしたときだった。 「やだなー邪魔って俺のことっすか」  数メートル後方から聞き慣れたおどけた声が聞こえてくる。  下校時間にはまだちょっと早すぎるんじゃないのか。  思いながら声のする方を振り返ればそこにはやっぱり見覚えがあるやつが立っていた。 「相馬」  信楽相馬。ジャージ姿のそいつは、目が合えばへらりと軽薄な笑みを浮かべて見せた。  その視線の先には、俺ではなく多治見。  なんとなく、その場に先ほどとはまた違う嫌な空気が走った。恐らく原因はいきなり現れたこいつだろう。 「俺のことは気にせず好きなだけお話してもいいんですよ。待ってるんで」  笑みを引きつらせる多治見に構わずそう続ける相馬はいつもと変わらない口調と態度で続けた。  そんな相馬が気に入らなかったようだ。 「出たよ、じゃじゃ馬」相馬を睨むように見据える多治見はそう顔をしかめる。 「いいよぉ別に、ぼくは大地くんに用はないからねえ」 「そーっすか。んじゃこいつ借りますよ」  なにこの流れ。  やめて!二人とも俺のことで争わないで!とかそういう展開を求めているわけではないが、あまりにもいきなり過ぎて「はいそうですか」と納得出来るほど俺の順応性は高くない。 「は?ちょ、待った、まだ話は……待ってって、おいっ!」  ずかずかと近付いてきた相馬に二の腕を掴まれ、そのまま乱暴に引っ張られる。  あまりにも強引すぎる相馬に冷静沈着ということで名の知れてる俺も流石に戸惑わずにはいられない。  多治見がなんでここにいるかを理解している俺にとって乱入者・相馬の仲裁は厄介でしかなく、慌てて振り払おうとするが無駄に力が強いせいでなんかもう駄々を捏ねる子供と構わず引き摺る母親みたいな構図のまま俺はずるずると本日何度目かの引き摺りによって強制的にその場を離れさせられる。
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!