4.お人好し

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 駐車場を歩き、店の前へ移動する。  前回といい、あまりにも自分が浮きそうな場所をチョイスする此花には笑いしか出ない。  しかし、どうやら違うようだ。 「葵衣ちゃん命令」受付の前を通る相馬は喫煙席へと歩いていく。  もしやとは思っていたが、出てきた幼馴染みの名前に俺は目を丸くした。 「なに?あいつも来てんの?」 「ほら、奥の席」  言いながら、そう喫煙席の奥を軽く顎でしゃくる相馬。  つられて目を向ければ、三、四席ほどファミリーレストランという単語が似合わない連中で埋まっていた。  約一名を除き、どいつもこいつも制服を着ていなかったが恐らくうちの高校のやつだろう。  柄が悪すぎる。そして不自然なフォーメーションが出来上がったその奥の奥、待ち人の姿を見付けた。  フルーツパフェを前に仏頂面で腕を組む此花清音と、その隣でもっしゃもっしゃとサラダを食ってる岸本葵衣。  やっぱり此花も私服で、岸本だけが学校帰りのような服装だった。端から見ればコスプレにしか見えないだろうが。近付く俺たちに先に気付いたのは岸本と微妙な距離感を保っていた此花の方だった。 「どーも」  言いながら軽く挨拶をする相馬に「おー」と朗らかに挨拶を返す此花。  相馬に見習って「こんにちは先輩」と微笑みかければ、仏頂面に戻った此花は「さっさと座れ」と向かい側のソファーを軽く足で蹴った。  なにこの差。いやまあ座るけど。 「大地も相馬もおっそーい。僕ずっと待ってたんだからねっ」  向かい合うようにソファーに腰を下ろせば、此花の隣に座って軽食を取っていた岸本はそうわざとらしく頬を膨らませ拗ねる仕草をする。  そして軽く腰を浮かせ顔を近付けてくる岸本は「お陰で服に男臭さが染み付いちゃったしどうしてくれるんだよ罰金払え罰金」と全く可愛いげのない要求をしてきた。小声なので此花に聞こえていない。 「葵衣ちゃんも相馬についてこりゃよかったじゃん」 「強制的に連行されるってわかってたなら僕もついていってたよ」  そう溜め息混じりに続ける岸本は肩を竦め、再びソファーに腰を下ろした。  どうやら本人は此花と一緒に行動する気は更々なかったようだ。そのわりにはなかなか満喫しているように見えたがまあこいつが不満を持っていようがいまいがどちらでもない。  そして、俺たちのやり取りを無言で眺めていた此花はそれが終わるのを確認すればどこからか一枚のパンフレットを取り出す。 「とにかく、これを渡しとく」  そして、俺の手前にそれを置いた。  携帯電話の写真が表紙になっているその冊子を手に取った俺と、興味津々になって横から覗き込んでくる相馬。非常に見にくい。 「ん?なんすかこれ、携帯ショップ?」 「欲しいの選べよ。本体の金だけ払ってやる」  どこか投げ遣りな感じにそう此花は俺が持っていたパンフレットを顎でしゃくる。  その言葉に、岸本と相馬は目を丸くさせた。 「え、なにそれ、大地だけずるーい!」 「岸本には他のもんやるからいいだろ?」 「じゃあ現金がいい」  おい岸本お前本性出てんぞ。  パフェに乗っかったアイスを口に運んだ此花がげほげほと噎せる。どうやら他の気管に入ってしまったようだ。どんまい。 「あ、先輩、俺のもー」  そして、ウェイトレスが運んできた水の入ったグラスに口をつける相馬は何気ない調子で便乗する。 「お前全く関係ねえだろ」口許をナプキンで拭う此花に爽やかな笑みを浮かべた相馬は「お使い代」と右手で○を作ってみせた。こいつの爽やかな笑顔は使い方を間違っている。 「……ほら、ポッキーやるよ」 「食べかけなんすけど」 「我が儘言うな」  渋々パフェに刺さったポッキーを相馬に差し出す此花とそれを食べる相馬を眺める。  どうやら此花は集ってくる後輩を無事あしらうことができたようだ。 「つか、俺の携帯は?」  キリがよかったので、さっそく俺は本題に入ることにした。  パンフレットを畳み、単刀直入に此花に尋ねる。心なしか此花の体がギクリと緊張した。 「見付からないんですか?」 「…………」 「まさか多治見とまだ話してないんですか?」 「……なにか頼むか」  こいつ話逸らしやがった。  俺から目を逸らし、立て掛けてあったメニューを取り出す此花。  別に責めているつもりでも怒っているつもりでもないのだが、此花の態度からするとどうやらまたなにかあったようだ。わかりやすい。 「多治見先輩がねー清音先輩にぷんすか怒って話にならないんだってよ」  そして、そんな此花を一瞥した岸本は口許に手をあてそう小声で続ける。  こいつが言うと緊張感も糞もないのだが、なるほど、そういうことか。  先程接触した多治見のことを思い返してみても機嫌悪そうに見えなかったが、よく考えてみると多治見の場合基本が不機嫌なので判断つかない。  此花が怒っているのならともかく、多治見か。  最初から無事携帯を取り戻せると期待していたわけではないが、多治見の機嫌のせいで俺の携帯が返ってこないというのはなかなか面白くない。しかし、そう思っているのは此花だけのようだ。 「とにかく、似たようなもん買えば良いんだろ。好きなの選べよ」  俺の視線に気付いたようだ。そう此花に促され、俺は冊子を捲る。 「じゃあこれ」 「お前適当に高いやつ選んだだろ」  バレたか。  いきなりいわれてもなあ、なんて思いながら携帯に目を向けるが正直、初期化された携帯なんてどれも一緒にしか見えない。まあ無いよりはましだろう。 「取り敢えず五万渡しとくからあとは勝手にしろ」  なかなか決めない俺に痺れを切らしたのか、丁度パフェを平らげた此花は財布を取り出し、そこから札を数枚取り出した。そして、そのままバンとテーブルに叩き付ける。 「これで約束は果たしたな。今度はそっちが守る番だぞ」  相変わらず、威圧的な態度。そのまま立ち上がり、レジへと向かう此花につられるようにして周囲で寛いでいた連中がぞろぞろとついていく。  やっぱり此花にファミレス似合わないな。なんて思いながら俺はテーブルに叩き付けられた札を手に取った。  大体の機種ならお釣りが出てくるくらいの金額に、俺はなんとも言えない気分になる。まあ、貰えるものは貰うが。  手切れ金、なんて言葉が過る。  個人的に此花は好きなタイプなのでもっとお近づきになりたかったが、どうせまた嫌でも顔を合わせることになる気がする。 「なに?約束?」と興味津々になって食い付いてくる岸本を引き離しながら俺は札を制服のポケットに突っ込んだ。
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