きみが好きなその理由

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慣れないスマホの音で目が覚める。 普段はスマホの画面を見ずにアラームを止めるが、それが電話の着信だと気がつくと、眠い目を開け画面を見る。 画面には、入山千絵≪いりやまちえ≫と書いていった。 可知裕翔≪かわちゆうと≫は眉間に皺を寄せて目を閉じ、出るのが面倒くさくなったのか、着信を止めもせず布団に潜り込み二度寝を始める。 しばらくすると着信は止まり静寂が訪れる。そして静寂は再び鳴る着信の音で途絶える。 「んだよあいつ……」 再び鳴る着信音に機嫌を悪くしつつ、スマホの時間を見ると、時刻はまだ6時。 しつこい着信に仕方なく裕翔は電話に出る。 『窓の外みた!?』 挨拶もなく出た千絵の声は朝とは思えない興奮した声色だった。 「……さみぃ」 布団の中で丸まりながらそう返すと、 『さみぃじゃない! はやく外見て!』 こちらの状況はお構いなしのよう。裕翔は渋々ベッドから起き上がり、寒さに震えながら半目の状態でカーテンを開ける。 朝焼けの眩しさに思わず目を閉じ、ゆっくり開くと、窓の外は普段見ない白銀の世界が広がっていた。 「積もったなぁ」 雪が降るのが珍しい地域。積もるのは年に1度あるかないか。 裕翔は思わずその景色に数秒ほど見惚れていると、玄関のインターホンがなる。 『はやく! 開けて開けて!』 インターホンの音と共に、スマホから千絵の催促が聞こえる。 「はぁ……」 状況を察した裕翔は、パジャマに上着を羽織り玄関に向かった。 玄関を開けると、冬休みなのに学校の制服を着た千絵が立っていた。 「おはよ!」 元気のいい千絵の挨拶。朝の6時とは思えない。 「なんで制服」 「学校行くからに決まってるでしょ」 「決まってねぇよ。休みだぞ」 「足跡つけにいこうよ! あんな正門乗り越えれば簡単だって!」 「男子小学生みたいな発想だな」 「だって校庭の広さとかどの家より学校が一番でしょ! 一緒に行こうよ!」 「なんで俺なんだよ、めんどくさい……」 「いいじゃんケチ~! 行くったらいくの~!」 ムキになりながら、千絵は裕翔の腕をガッと力強く掴み、引っ張って玄関から連れ出そうとする。しかし、パジャマで連れ出されたらたまったものではない裕翔は抵抗する。 「ま、まてって! わかったから! 俺も着替えさせろ!」 「な~んだ。やっぱ裕翔も行きたいんじゃん」 「お前が無理矢理……はぁ……もういいや」 強ち、雪の珍しさは裕翔にとっても例外ではなく、無理矢理起こされ目も覚めてきたので、千絵の我儘に付き合うことに。 裕翔も制服に着替え、学校へと向かう。 「ゆ~きやこんこ~あられやこんこ~」 雪道を陽気に歌いながら歩く千絵。それに反し、裕翔は怪訝な表情で千絵を睨む。 「マジでやめろや。幼稚園児か」 思春期真っ只中の裕翔には、童謡を歌う人が隣にいるのが不満な様子だった。 「こわっ……」 あまりにも鋭い裕翔の睨みに千絵は引いていた。 「別に歌っててもよくない?」 「もっと普通の歌えよ」 「普通? 童謡は普通でしょ?」 「もっとあるだろ。有名アーティストの曲とか」 「そっちのが変でしょ。童謡のが有名だよ」 「子供が歌う歌だろ。ありえん」 「めんどくさ~……そんなんじゃ彼女できないよ?」 「お、お前に関係ないだろ!」 「関係あります~! 幼馴染には幸せになって欲しいんです~!」 「だったらてめぇこそ小学生みたいなことしてたら彼氏できねぇぞ!」 「残念でした~! 私彼氏います!」 「大体……え?」 まさかの答えに一瞬思考が止まる裕翔。 「……まじで?」 静かに聞き返す。 「まじですが何か?」 少し自慢げに返す千絵。 「……だったら、あんまり俺達一緒にいないほうがいいな」 「え? なんで?」 「気にしないのか?」 「大丈夫でしょ! 私達家族みたいなもんだし」 当然のように言ってのける千絵。 「……あっそ」 少し言い淀む裕翔。しかし、直ぐにいつもの様子に戻り言葉を続ける。 「いやぁ……びっくりした。お前みたいなの好きになる奴いるんだ」 「ひっど! 幼馴染に対して言う台詞!?」 「事実だろ。お前を好きになる奴の気持ちがわからん」 「いいよ~だ! 私だって、あんたを好きになる子の気持ちなんて思いつかないもんね!」 「お前も大概だな」 「おあいこ!」 はたから見たら喧嘩のような会話。しかし、二人にとってみれば、それは日常のようなやり取り。 いがみ合った様な会話をしていると、歩いて10分程度で二人が通う高校の正門に辿り着く。朝早く人の気配は少なく、学校に誰もいないのは一目瞭然だ。 「っほ」 千絵は迷いなく正門の門にぴょんとジャンプしてよじ登る。 そんな様子を、裕翔は悪びれる様子もなく下からスカートの中を眺める。 「パンツ見えてるぞ」 そして淡々と告げた。 「みないでよ」 「お前が見せてきたんだろ」 「気使って視線外すでしょ普通」 「お前のパンツみて興奮しねぇよ」 「じゃあみないでよ」 「見れるものは見ておこうかと」 「ど、どっちなのよ……」 正門に登り切った千絵は、裕翔の謎発言に思わずスカートを抑える。 「あんたも早く昇りなさいよ」 「はいはい」 裕翔も言われるがまま正門の上に昇る。 「んで? どうするんだ?」 正門の上に並ぶ二人。運動神経がいい二人は不安定な様子もなく、細い正門の上に立ち、裕翔は千絵が何をするのかを待っていた。 「それはねぇ……えい!」 ニヤリと千絵は笑うと、片手を裕翔の背中い回し、ぐいっと前に押す。 「うをぉ!?」 当然背中を押された裕翔はバランスを崩し校舎側に落ちる。 裕翔が落ちるのと同時に、千絵も正門から飛び降りる。 裕翔は落ちる瞬間なんとか上手くバランスをとり、二人同時に校内に着地する。 「潜入成功!」 高らかに宣言する千絵。 「おまっ……あぶねぇだろうが!」 対称に、落とされた裕翔は千絵に向かって当然の怒りをぶつけた。 「びっくりしたでしょ?」 悪戯笑いをして千絵は笑っていた。 「滑ったらどうすんだよ」 「大丈夫だったでしょ? 私も支えてたし」 「ったく……なにがしたいんだよ」 「この学校に一番に足跡をつけたんだよ!」 キラキラした目で言う千絵は言う。そんな千絵を、溜息交じりに窘める裕翔。 「……わかったわかった。んで、学校来て何するんだよ」 「雪合戦にきまってるでしょ!」 「小学生か!」 その後、校庭まで走っていくと、雪合戦が始まる。 昔から変わらない千絵の行動。それにつき合わされる裕翔。幼い頃からの出来事に、それが嫌だとか良いとか、そんな感情すらも思わないほど当たり前になっていた。 二人の変わらない関係。しかし、千絵には彼氏ができ、裕翔にも好きな人がいたり、水面下で、二人の関係は大きく変わろうとしていた。 日々は淡々と過ぎ、今一度冷え込んできた冬の頃、裕翔にも彼女が出来る。 必死に想いを伝え、ドキドキしながら告白した相手。裕翔は心の底から喜んだ。 「彼女できだぞ」 当然のように裕翔は自慢げに電話で千絵に報告した。 『……そうなんだ』 しかし、千絵から帰ってくる反応はどことなく冷たかった。 「なんだよ、もっと驚くかと思った」 『べつに……何となく分かってたし』 「なんだ、つまらん反応」 『……どうするの?』 「どうするって、なにが」 『私達、もう会わない方がいいんでしょ?』 「? なんで」 『なんでって、あんたが言ったんでしょ!?』 「あ~そうだったな。まぁ、もう少し節度を弁える必要はあるかな」 『……じゃあ、あんまりこうやって電話もしない方がいいよね』 「電話ぐらいよくね?」 『彼氏と電話するよ、普通』 「ほう、それは納得。まぁ報告したかっただけだからな。俺も彼女に電話するかな」 『そうしろそうしろ。じゃあね』 千絵はそういうと、裕翔の返事を待たずに電話を切る。 「? なんだよ、つれないな」 千絵の冷たい態度に疑問を抱きながらもそれほど気にした様子もなく、裕翔は彼女との電話に切り替える。 こうして2人はそれぞれの時間を歩み始める。 千絵は彼氏と、裕翔は彼女と。2人は間違いなく、幸せな時間を過ごしていた。 裕翔は家に帰ってくると、家で母と2人でリビングの炬燵に入る。 それは普段からなにも変わらない光景。しかし今までは時々、そこに千絵の姿があった。 あれ以来千絵が裕翔の家に来ることはなく、裕翔はそれに触れこそしないものの、内心寂しさを感じていた。 モヤモヤした気持ちは拭えないまま、裕翔は千絵の事を考えないように日々を過ごしていた。しかしそれは仕組まれたかのように、2人がお互いのデートしている時、ばったり出会ってしまう。 「「……あ」」 お互いの彼氏彼女と楽しそうにしている時で、2人は思わず顔を見合わせた。 「知り合いか?」 千絵の彼氏が問いかける。千絵は慌てた様に咄嗟に答える。 「む、昔の知り合い! ほ、ほら、いこ!」 慌てた様子でいうと、一刻も早くこの場を立ち去りたかったのか、彼氏を引っ張る様に裕翔の前から去っていった。 挨拶もなく、ただただ避けられたような態度。 決して嫌われるような事があったとは思えない裕翔。露骨なその態度に、裕翔は少し傷付いていた。 「……ユウくん大丈夫?」 裕翔の彼女も、明らかに気にしている様子に心配する。 「大丈夫……ただの幼馴染だ」 そう言いながら、明らかに無理をした笑顔で裕翔は平静を装う。 普段なら失礼な態度に『あの時の態度なんだよ!』そんな文句を頭で思い浮かべるが、冷たく避けられ連絡することを躊躇ってしまう。 こうして、お互いに出来た溝の埋め方が分からず、現実逃避をするように、二人は仲違いしたまま日々を過ごしていた。 そんなある日、空から再び雪が降ってきた。 ちらちらと降る雪で、積もる程ではないその日、学校帰りにそのままデートをしていた裕翔は、暗くなりかけた頃に家に帰ってくると、玄関の前に寂しげな様子で千絵が立っていた。 それが裕翔を待っていたと言うのは、言わずともわかる。 「なんだよ」 そっけなく尋ねる裕翔。 「……散歩しない?」 同じくそっけなく答える千絵。 「はぁ? もう夜だぞ」 「い、いいから」 千絵は分が悪そうにそういうと、裕翔の返事を待たずして歩き出す。 「……はいはい」 無視するわけにもいかず、裕翔は呆れながら千絵についていく。 無言で住宅地を歩く二人。 「寒い……」 不意に裕翔が呟く。 「さ、さむいね。公園で飲み物でも飲もっか」 「家に帰らせてくれよ……」 「も、もうちょっとだけ!」 「はぁ……」 公園前にある自販機で買ったホットコーヒーを手に、ブランコに座る二人。 「なんか言いたい事があるんだろ」 裕翔はあまりにも様子がおかしい千絵に確信を迫る。 「…………」 しかし黙って答えない千絵。 「この間の事ならきにしてねぇよ。何年の付き合いだ」 話がしやすくなるように、気になっていそうなことを先に伝える裕翔。 その後も数分沈黙が続き、千絵はようやく重い口を動かした。 「あんたにとって私ってなに?」 「よく遊びにくる気を使わなくていい幼馴染」 「ちゃ、ちゃんと考えて!」 「ちゃんと考えてるよ」 察しの悪い裕翔に、千絵は意を決したように、睨む勢いで裕翔の顔をみて言う。 「わ、私の身体に興味とかない!?」 薄暗くても分かるほどに頬を真っ赤にして千絵は言った。勢いに任せて言葉を続ける。 「ちゃんと考えて答えて! 私、女の子だよ!?」 恥ずかしさを抑えながら睨むように裕翔を見ながら、目は泣きそうに潤んでいた。 「…………」 千絵が何を言いたいのか。裕翔は何となく察してはいた。それは無意識に考えないようにしていた事でもあり、考えなくても良かった事だ。 しかしこの質問はそれを考えなくてはならない。 千絵は女子、そんなことは分かっている。家族のような間柄ではあるが、血の繋がりはない。しかし幼い頃から近くにいすぎて異性としての意識は欠けている。 でも時々思うことはある。元気で、活発で、昔よりも断然女性として可愛さも磨きが掛かっている。時折異性として意識してしまうこともあった。 裕翔は考えた言葉を千絵に返す。 「千絵はどうなんだ?」 「え?」 「急に俺に冷たくして、意図的に避けて無視してさ」 「…………」 「先にそれを聞かせてくれ。正直、今のお前が、何を思って何をしたいのかわからん。その説明をはっきりとしてくれ」 ばつが悪そうに視線を外し、困った表情で千絵が答える。 「わかんない」 聞こえないほど小さな声。 「なんだって?」 「……わかんないの!」 聞き返された事にムキになるスイッチが入ったのか、千絵は大声で答える。 「あんたといたって彼氏といる時みたいにときめかないし、だらしなくて頼りないし、嫌われたくないとか思ったこともない!」 「い、いってくれるな……」 面と向かって言われると少し胸に刺さるものが裕翔にもあった。 しかし、最後に想いを吐き出す様に千絵は間を開けて言い放つ。 「けど離れたくないって思った!」 「!」 「あんたに彼女が出来たって聞いてからずっと変なの! あんたを男として意識したことなかったのに……あんたが私から離れてくと思ったら……凄く嫌なの!」 千絵の瞳からは、涙が零れていた。 「一緒にいると気楽だし楽しいし、あんたといる時間を捨てたくないよ……」 次第に声は弱くなり、縋る様な声色に。今にも泣き崩れそうな普段見ない弱々しい姿に、裕翔は真剣になる。 ずっと悩んでいたのだろう。こんなにも苦しくなるほど悩んでいた幼馴染になんて声を欠けたらいいのか。 思考を巡らせ考える。自分は千絵をどう思っているのか。数秒の沈黙後、裕翔は答えた。 「興味はある」 俺は小声で答えた。 「……え?」 「正直に言えば、お前は可愛いと思う。クラスの連中がお前のことを可愛いと言っているもの聞いてる。千絵が高校生になった時、あぁ、女子なんだなって思った事もあった」 「…………」 「だから、ぶっちゃけて言えば、お前の身体に興味はある」 「や、やめてよ……なんなの急にはっきり言って……」 「でも、実際にそういうことをしたいとは思わない」 「……え?」 「本当の家族じゃない。けど性的に見る時もある。パンツが見えたら見たい。エロいことを想像したこともある」 「……へんたい」 千絵が悪態をつく元気が戻ってきたことに気が付くと、裕翔ははっきりと言葉に出す。 「でも俺の中で千絵の存在は家族だ。恋愛じゃない。異性として見てしまうのは思春期の男だから。可愛い女子みたら誰だって考える。それと一緒だ。恋とかじゃない」 「……そういうものなの?」 「ああ」 「つまり……半分家族、半分異性として見てるってことだよね?」 「そうなるな」 「……男らしくない結論」 「お前も似たような状態だろ?」 「……うん」 お互いに中途半端な決断に至っていることにようやく気が付く。 「だったら、やっぱりちゃんと距離を取ったほうが……いいよね?」 「嫌だ。俺は家族と別れたくはない」 「……じゃあどうするの?」 「認めてもらうしかないだろ」 「……どゆこと?」 「お前の彼氏にも、俺の彼女にも、俺達の曖昧な関係を認めてもらおう」 真剣な顔で、裕翔は千絵の目を真っすぐ見ながら言った。 後日。二人はお互いの彼女彼氏をファミレスへと呼び出した。 吐き気がする程の重い足取りを運び、二人は約束の場所へとやってくる。 裕翔と千絵は横並びに、お互いの相方を向かいの席に横並びに座らせる。 状況が分からず、唖然とした表情をする彼氏と彼女。その二人に全てを話す。 自分たちが幼馴染であること。お互いがお互いを家族だと思っていること。 しかし、異性であることにはかわりがないということ。 恋愛感情はなく、しかし異性としての意識はあると。 そのうえで、俺達が一緒の時間を過ごすことを認めてほしいとのこと。 真剣に、真摯に、誤解のない様にできる限り丁寧に。 「身勝手だとは思ってる。けど、これが俺達の幸せなんだ」 「私達の関係を認めてください」 締めに二人でそう述べると頭を下げる。 その様子を見て、千絵の彼氏である井上恒≪いのうえひさし≫は答える。 「事情はわかった」 長い話に、呆れたように背もたれに身を投げながらいう。 その言葉に、裕翔の彼女、影山葵≪かげやまあおい≫は付け加える様にいう。 「要するに異性の友達がいるって話だよね?」 あっけからんとした言い方をする影山。 「そういうことだよな」 その要約に納得するように相槌する井上。 「別に普通じゃね?」 そして、さも当然の事のように井上が言い放つ。 「「……え?」」 何を言われるのかとドキドキしていた二人は唖然とした顔で顔を上げる。 「うん。別に、私も男子の友達いるし」 「俺だって女子の友達いるし。だからなんだ?」 「話聞いてたか!? 普通の友達とかじゃないんだぞ!? 家に遊び行ったりする中なんだぞ!?」 重く受けてない反応に、裕翔は改めて強くいう。 「家族みたいな存在なんでしょ?」 しかしやはり、サラッとした返答が影山から帰ってくる。 「だ、だって、家に泊まったり、普通にしてるよ? 夜も遅くまで遊んだりしてるよ?」 不安げに、千絵は井上に伝える。その質問にやはり冷静に井上は答える。 「一緒に寝たりしてるのか?」 「ううん……昔はそれもあったけど、今はない」 「なら別に……なぁ?」 井上は確認するように隣にいる影山に確認する。 「うん。ちゃんと恋愛感情はないって言ってたし、良いと思う」 あんなに悩んでいたのにあっさり受け入れられ、受け入れられた感が無い裕翔と千絵。 「……ホントにいいの?」 しつこく確認する千絵。 「ああ。……最近様子が変だったのは、そんなことを悩んでたのか?」 「だ、だって、他の男子と仲良くしてたらやっぱり嫌なのかなって思ったんだもん」 照れたように千絵は言った。 「千絵ちゃんかわいい~」 そんな様子をみた影山がそんなことを言った。 「だろ? 俺の彼女超かわいいの」 恥ずかしげもなく、影山に井上が言う。 「や、やめてよもう……」 さらに顔を赤くして言葉を失う千絵。 「まぁ、幼馴染で距離が近い分、色々悩むこともあったんだな」 とはいえ、二人の悩みを理解した井上は、二人への理解を示す。 「そうだね。でも、ちゃんと私の事考えてくれるって分かってよかった」 嬉しそうな顔で、影山も裕翔に伝える。 「……な、なら良かった」 しかし、裕翔もどこか釈然としない様子。 「今度ダブルデートでもするか?」 納得のいっていない千絵と裕翔の様子を見てなのか、井上が突如そんな提案をした。 「いいね! 私達もお互いのこと知りたいし!」 その提案に乗り気な様子を見せる影山。 「どこ行く? 遊園地とか?」 「いこいこ! 私達まだ行ったことないの!」 「じゃあ決まりだな。日付は―――」 気が付けば、井上と影山が仲良さそうにデートの計画を始めていた。 想像もしていなかった展開に、裕翔と千絵は流されるままだった。 その後も何処か行こうかと話になったが、裕翔と千絵はそれどころでは無かったので悪いと想いながらも今日は解散することに。 井上と影山は連絡先は交換して別れ、裕翔と千絵は共に帰り道を歩いていた。 「……あっさりしてたな」 空を仰ぎながら裕翔が小さく呟く。 「うん」 「なんか、悩んでたのがバカみたいだ」 「でも、何事も無くて良かった……よね?」 「そうだな……」 自分達の悩みは、人から見たら大したことはなくて。徒労に終わった結果に唖然としてしまう。しかし、あっさりと受け入れてくれたことに有難みを徐々に感じていく。 空を仰いでいた裕翔は、不意に笑いながら、視線を千絵に向け言う。 「しかしお前、あいつの前だとそんな感じなの? 猫かぶってんなぁ」 「はぁ!? あ、当たり前でしょ! あれが私の普通! 猫かぶってない!」 「どうだかなぁ」 「むぅ! あんたこそ、私の前であんなやさし~姿みせないじゃない!」 「当たり前だろ。大切なんだから」 「私にも少しは優しくしてよ!」 「え、やだ」 「ひっど! なんで私こんな人と幼馴染なの!?」 段々といつもの調子に戻り、不安もなくなった二人は、今までで一番強く長い言い合いをしていたのだった。
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