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「頼むっ!ちゃんと俺の話聞いてくれたの、ミチザネしかいないんだよ。迷惑も掛けないから。なんでもするから!」
「絶対嫌だ。大体あんたのせいでこれから俺のあだ名が間男になるかもしれねーんだぞ、これ以上関わってられるか!」
「そんなことを言わずに!さっきのは謝るから!ミチザネに会えてからつい緊張が緩んで……」
「そのくらいで一々ホモ疑惑掛けられてたまるかっ!」
ただでさえ女子から愛想が悪いだとか付き合いもノリも悪いだとか陰口叩かれていつの間にかに『あいつ女興味ないんじゃね?』みたいに感じになってるというのに、これじゃ火にガソリンだ。
「ほ、ホモってなんだ……?なんかしらねーけど、他の奴らにはちゃんと俺から言っておくから、『ミチザネは本当は良いやつで、二人きりになったときはいつも俺をよくしてくれる』って……」
「余計誤解招くわ!」
「うー……」
次から次へと拒否され、流石に参っているようだ。しゅんと落ち込む男。
図体はでかいくせに、いや、でかいからこそその姿はやけに情けなく見えてしまう。
本当に困っているのかもしれない。
記憶がなくて自分が何者かもわからず、雨風凌ぐ場所もない。
そんな状況に自分が追い込まれたとしたら、なんて考えてしまいそうになる自分に恐ろしくなり、慌てて思考を振り払った。
これくらいで感化されていたらこっちが保たない。
「とにかく、他を当たれ。その内どっかの聖人君子が引き取ってくれるだろうよ」
「……」
「……っておい、今度は無視かよ」
「……ごめん」
項垂れた男の口から出てきたその謝罪に、俺は「は?」と目を丸くした。
「ごめん、そっちの事情も考えずにここまで押し掛けて」
どうやら俺の言葉を真に受けてしまったようだ。
まじ凹みの奴に、なんだかこっちの方が調子狂ってしまいそうになる。
「んだよ急に。……気持ち悪ぃな」
なんだかこれじゃ俺が苛めているみたいではないか。
いやそうなのか?最早どちらが善悪かわからず、ただ全身に付き纏う罪悪感はやけに重たくて、苛々する。
あいつがここで素直に手を引いてくれるなら好都合ではないか、寧ろ二度と付き纏わないようにもっと突き放して懲らせるべきではないのか。
罪悪感の裏、込み上げてくる感情に飲み込まれそうになったとき。
「あのっ」
ふと、思い出したように顔を上げた男はこちらを見上げてくる。
「朝飯と服、ありがとな。まだ返せそうにないけど、その内ちゃんと返すから」
少しだけ照れ臭そうに片目で笑う男。
その言葉が、いつの日かの自分の姿と重なって。
『あの、ありがとう、ございます。この御恩は、いつか返すので、その』
返すと約束されるようなものを貸してやれてもいないというのに、重ねてしまう自分が嫌になって。
「あっそ」とその目から顔を逸らした俺は、これ以上余計なことを考えないようにその場を立ち去った。
今度は男は俺を追いかけてこなかった。
静まり返った廊下に、ただ俺の足音だけが重たく響く。
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