26人が本棚に入れています
本棚に追加
どうしてこうもあの男のことばかりを考えてしまうのだろうか。
ただ変哲のない毎日に飽き飽きしていた俺にとってそれほどあの眼帯の男との出会いは印象的なものだったということか。
だとすれば余程俺自身も相当単純な男だな。
『その内返すから』といった男になんであの時俺は『そんなことしなくていいから二度と関わるな』と言わなかったのだろうか。
そんな自問ばかり頭の中でぐるぐると回る。
今更優しいやつ気取ったって仕方がないというのに、だからこそ余計、優柔不断な自分に嫌気が差して。
そんな気分のままで迎えた放課後。
長政から預かった鍵を握り締め、真っ直ぐ家へ帰っていたその途中。
不意に、着信を受ける。
静間からだった。
『もしもーし、道真君?』
「なんだよ」
『うわ、機嫌悪いなー。いや、ちょっと今気になることあってさ』
どこか店にでも入っているのか、受話器越しに聞こえてきた騒音混じりの静間の言葉に「気になること?」とすかさず聞き返す。
『そうそう。なんかいろんなところところで変なスーツの人たちが彼のこと探してるみたいでさ、〈この少年、見かけませんでしたか?〉って』
「いや、彼って誰だよ」
『彼だよ彼、朝の力也先輩に絡まれてた泥棒の彼』
「は?」
静間の言葉で、俺はさっき学校まで押し掛けてきた眼帯の男の顔を思い浮かべる。
あいつか。
『目が覚めたら変な研究所にいてさ、いきなり襲われそうになったからそのまま逃げてきたんだけど肝心の記憶がなくて、どうしたらいいのかわかんなくてひたすら走ってたらここまで辿り着いて、服とついでに飯を調達しようと思って』
まさか、本当に追いかけられているということか?
出会い頭、世間話のような軽いノリで聞かされた言葉を思い出す。
だけどもし、あの男の話が全て本当だとしても。
「……なんで俺に言うんだよ」
『いや?ほら道真君、彼と仲いいみたいだったしさ』
「あんなやつ知らねえっつったろ」
言葉にし難い不快感が込み上げ、つい、通話を中断してしまう。
恐らく向こう側では静間が呆れた顔をしてるだろう。
それでも、今はあいつのことは考えたくなくて。
じゃないと、自己嫌悪に押し潰されてしまいそうだった。
「……」
もしあいつの話が本当だとして、記憶もないし身寄りもない、おまけに街中で怪しい奴らに探されるということはろくでもないことには変わりないだろう。
そもそも、俺はやれることはしてやったはずだ。飯も食わせたし服も貸してやった。
ここまで追いかけてきたあの男も、ちゃんと納得してくれたではないか。
俺とあいつの縁は既に終わってるはずだ。
わざわざ自分から目に見える厄介事に巻き込まれる必要はない。
わかってる。
わかってるのに。
「……」
『今の君みたいに誰かが困っていたら、その時は君が助けてあげて』
蘇る、遠い記憶の声。
握り締めた携帯端末の液晶にポタリと一粒の雫が落ちてくる。
「……」
灰色に濁った空、次々と落ちてくる雨粒がアスファルトに無数の染みをつくっていく。
ああ、念のため折りたたみ傘を突っ込んでいてよかった。
思いながら、俺は家に向かっていた踵を返し――。
最初のコメントを投稿しよう!