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一時期、俺はヒーローに憧れていた時があった。
当時マセガキだった俺にとってテレビの中の作り物のヒーローは滑稽そのもので、大人たちが作った映像技術に夢中になってる周りの子供を見下していた。
自分でも可愛げのない糞ガキだと思うが、本物のヒーローなんていないと知っていた俺からしてみれば嫌悪感しか抱けなくて。
そんな俺が手の裏返したようにヒーローに憧れるようになったのは、やっぱりあの時のことがきっかけだろう。
母親と一緒に俺と弟は買い物へと来ていたのだが、全ては母親とはぐれたことから始まる。
馬鹿みたいにでかいデパートの中、ただでさえ幼かった俺達兄弟にとってそれは宛ら迷宮だった。
このまま一生母親と離れ離れになるのだろうか。なんて、泣きじゃくる弟の手を引きながらふらふら彷徨っていると、二度目の転機が訪れる。
弟の泣き声が癪に障ったと、近くに居た一人の男が弟に掴みかかる。
それは突然のことで、まだ小さい弟の体は宙に浮く。
恐らく、そのまま思いっきり大理石の床へ叩き付けられればヒトタマリもないだろう。
血の気が引いていく。
俺は慌てて謝ろうと男に近づけば、濃厚なアルコールの匂い。吐き気がした。昼間だというのに全身にアルコールが回って脳味噌まで侵食しているのだろう、男が正気ではないのは子供の俺から見てもすぐにわかった。
周りの大人たちに助けを求めるが、異様な雰囲気の男に関わりたくないのだろう。誰もが俺の視線を擦り抜けるように通り過ぎていく。
それでも、弟に危ない目には遭わせたくなくて。
泣きながら男の足にしがみついた瞬間、思いっきり蹴り上げられる。
あの時受けた腹の衝撃は今でも忘れられない。
内臓とかその辺の中身が全部飛び出そうになった。
吹っ飛ぶ景色。
このまま壁にでも叩き付けられれば、実際なにかが飛び出したはずだろう。
だけど、その時俺の怪我がアザくらいで済んだのはたまたま居合わせたその人が俺の体を受け止めてくれたからだろう。
『なにしてんだよ、おっさん』
優しく抱き留められ、俺を床へ立たせたその人は躊躇いもせずにアルコールの男へと歩み寄る。
そして、男がなにかを言おうと口を開いた次の瞬間、弟を掴んでいたその手にその人の足が叩き込まれていて。
それからはもう、何が起こったのか、あまりの早業で当時の俺はわからなかった。
気が付いたら泣きじゃくる弟は俺の隣にいて、男は碧い顔して逃げ出していて、一人残ったその人は『大丈夫?』と俺に笑いかけてくる。
大人というにはまだ幼さが残ったその青年は、呆然と立ち竦む俺の前、屈み込むように膝をついた。
目が合って、慌てて俺は背筋を伸ばす。
『あの、ありがとう、ございます。この御恩は、いつか返すので、その』
『っはは、難しい言葉知ってるじゃん、お前』
『お礼なんて気にすんなよ』猫目を細めて笑うと、青年は余計幼く見えて。
それでも、俺にとっては大きくて、眩しくて。
ヒーローって、本当にいたんだ。
なんて、思わせるくらいには当時の俺にとっては衝撃的で。
『あ、でも……その代わりと言っちゃなんだけど、今の君みたいに誰かが苦しんでいたら、その時は君が助けてあげて』
暖かくて大きな手が伸びてきて、横で泣いている弟の頭を優しく撫でる青年は笑う。
『約束だよ』
それから十数年が経ち、俺は十七歳になった。
その約束はまだ果たせていない。
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