最終章

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「っ、触るな……この……ッ」 「そんな顔で言われてもな」  思いっきりやつの指を掴み、引き剥がそうとすればメイジはおかしそうに笑う。そして、対して痛がる素振りを見せることなく俺から手を離した。 「ナイトに会いたいんだろ?」 「……っお前に関係……」 「あいつのところまで連れて行ってやろうか」  ないだろ、と言い掛けて被せるように発されたその言葉に思わず息を飲む。  思わず抵抗するのを忘れ目の前の男を見上げれば、やつはただ気味が悪いほどの笑みを浮かべて俺を覗き込むのだ。 「どうせ勇者サマからはなーんにも聞いてないだろうと思って。図星か?」  信用するな、どうせ罠にハメるつもりなのだ。  そんな汚い男だと俺は身を以て知っているはずだ。分かっていても、その言葉に反応しそうになって俺はぐっと唇を噛んで堪えた。 「……どういう風の吹き回しだ」 「おい、そう警戒するなよ。俺はただお前が喜ぶ顔が見たいだけだ」 「っ、本当のことを言え……ッ! 「ここで犯すのもいいが、そっちの方が面白そうだと思ったからだよ」  どういう意味だ、と深く聞く気にもなれなかった。頬を撫でられそうになり、俺はやつの手を振り払う。乾い音が響く。やつは振り払われたままの動きを止めた。 「あいつの居場所だけを言え」 「それより俺が連れて行った方が早いだろ」 「……っ」 「お願いしますは?」 「……っ、もういい、お前になんか誰が頼るか……ッ!」 「おいおい、そうカッカすんなよ。……短気は損気って言うだろ?年長者には甘えるもんだぞ」  何が年長者だ、そう睨めばメイジは楽しそうに目を細め唇を歪める。 「勇者に見つかりたくないだろ?……俺を頼れよ、スレイヴ」  息が吹き掛かりそうなほどの距離。  まるで恋人かなにかのように甘い声で名前を呼んでくるメイジに背筋が震えた。俺は近付いてくるやつの胸を半ば突き飛ばすように引き離した。 「お前なんか頼らなくても、自分で見つけ出す。お前に借りを作るくらいなら迷った方がましだっ」  自分の声が反響する。  思わず声が裏返ってしまうが、恥る余裕もなった。イロアスに加担したくせに、こういうときだけ俺に甘い顔をしてまた騙そうとするこの男がただ恨めしかった。  メイジはただ「本当、馬鹿なやつだなお前」と笑うのだ。愛しそうに目を細め、嬉しそうに笑みを深める。 「付いてこいよ。お前一人でとろとろしてたらあいつがまた心配するだろ」 「俺はお前を信用するつもりはないっ」 「ああそう、じゃあそのままそこにいろ。俺一人でナイトに会いに行くから」  じゃあな、と笑いそのままあっさりと俺から体を離したメイジは歩き出す。急に快感から放り出され戸惑ったが、そのまま鼻歌交じり歩いていくメイジの背中がどんどん遠くなっていくのが見えた。  なんなんだよ、クソ……!  試されているようで腹立った。信じるつもりはない、利用するだけだ。すぐに罠だと分かれば引き返そう。  そう、俺はメイジから離れてその背中を追いかけた。
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