30人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
「正確には、俺の布団で寝てたんだけど」
仙斎茶という黒に近い茶色に染めた今風の短髪に、少し長めの前髪。
垂れ目気味の焦茶色の瞳の青年は、可愛らしい熊のイラストが書かれたエプロン姿で、そこに居たのだった。
「ジェダ……」
「おはよう、コト。今週はずっと会えなくてごめんね」
待ち合わせに来なかった同棲相手は、申し訳なさそうな顔をして謝ってきたのだった。
「いつ帰って来たの? 私が寝る時は、まだ帰って来ていなかったよね?」
「明け方近くかな。最後に入店したお客様が、なかなか帰ってくれなくて……。
それから片付けと今日の分の仕込みをしていたら、電車の終電にも間に合わなかった。それで、始発まで店長の家に泊らせて貰ったんだ」
「タクシーを呼ばなかったの?」
「タクシー? ああ、バスみたいにお金を払うと乗せてくれる車だっけ。そうか、タクシーで帰ってくれば良かったのか……」
頭を掻くジェダに何と返そうか考えていると、小雪が小さく鳴いた。
「そうだ。小雪の餌……」
「それは俺がやっておいた。 今は俺たちの朝食を作っていたところ」
「明け方に帰って来たんでしょう? まだ寝足りないんじゃない?」
「店長の家で寝たから大丈夫。それに、あっちの世界じゃ、仕事で寝れない日もあったから」
「そう……」
「それより、顔を洗って着替えておいで。もう少しで朝食が出来るから」
ジェダの言葉に甘えて、洗面所で顔を洗うと、一度部屋に戻って、部屋着に着替える。
着替え終わった頃には、テーブルには朝食が並び、サラダを狙う小雪をジェダが追い払っていたのだった。
「お待たせ」
「じゃあ冷めない内に食べようか。今、コーヒーを淹れてくる」
コーヒーを淹れにジェダが台所に向かうと、小雪はまたテレビの前に戻って、真っ白な毛玉の様になっていた。
小雪は元々野良猫だったが、越して来たばかりの私が遊び相手になっている内に、いつの間にか我が家の住民となっていた猫だった。
後から住み始めたジェダにも可愛がられて、今ではすっかり家猫と化していた。
「そういえば」
二人分のコーヒーを淹れて戻って来たジェダは、思い出した様に話しかけてくる。
「今年は行かないの? その、なんだっけ……あの本や絵を売るイベント……」
「コミケ?」
「そう、それ。今年は行かないの? その日は休みを取ったけど……」
「うん。今年は行かない。申し込まなかった。だって、どうせ売れないから……」
「コト……」
最初のコメントを投稿しよう!