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エプロンを外して向かいに座ったジェダは、心配そうに見つめてくる。
「きっと、私には文才はないんだと思う。だって、私が書いた本は売れないから。ネットで書いている作品も全然読まれないし……」
「そんな事は……」
「もうその話は終わり。朝ご飯、食べちゃおう?」
なんでもない様に話すと、私は「いただきます」と両手を合わせて、ジェダが作ってくれた朝食を食べ始める。
スクランブルエッグはふわふわで、スープはほどよい塩加減で美味しかった。
「美味しいね」
「うん……」
本当の事を言っただけなのに、そんな困った顔をしないで欲しい。
ジェダが作ってくれた朝食が美味しいのも、私が書いた作品が不人気なのも、全て本当の事なのだから……。
コミケ。通称・コミックマーケットと呼ばれる同人誌の即売会イベント。
ジェダと出会ったのは、三年前に開催されたコミケの会場だった。
その日、私は学生時代からの同人仲間である友人と共同でブースを出していた。
小説家になるのが夢だったけれども、売れる作品が書けなくて、燻っていた頃。
息抜きに書いた人気アニメの二次創作本を売っていると、その会場に迷い込んでいた騎士服の青年に飲み物を溢してしまった。
その相手が、ジェダであった。
異世界からやって来たというジェダを、半信半疑で自宅に住まわせている内に、いつの間にか三年近くが過ぎてしまった。
最初は元の世界に帰るまでのつもりが、帰る方法が見つからないまま今に至っており、その間にジェダもすっかりこの世界での生活に馴染んでしまった。
ジェダと同棲している事は、アパートの大家さんや両親、一部の友人を始めとする人たちには話していた。
最初こそ、突然の同棲に驚かれ、心配もされたが、最近では三年近くも住んでいて、恋人関係じゃない事に不思議な顔をされる。
ジェダと私は、一時的に同棲しているだけの友人関係であって、恋人関係ではない。
ーーいや、違う。恋人関係になれない。
いつの日か元の世界に帰るジェダと、今以上の関係にはなれない。
そうしなければ、別れ難くなってしまうからーー。
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