約束の日

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 次に振り返ると、ジェダの手の中には小さな小箱があったのだった。 「俺がいた世界では、好きな相手と家紋が刻印されたイヤリングを交換するんだ。  でも、この世界では仕事によっては、イヤリングをつけられないだろう」  ジェダが働くレストランでは、アクセサリー類の着用が禁止されていたはずだ。  私の職場もーー。 「そうだね」 「だから、代わりのものを用意したんだ。その為に働いて、ずっとお金を貯めていた。  それでようやく買えたんだ」  ジェダが小箱を開けると、中には銀色のストレートリングが入っていた。 「指輪?」 「琴美(ことみ)」  急に名前を呼ばれて、私は指輪に向けていた目をジェダの顔に向ける。 「俺と恋人になって欲しい」  数秒間、思考が停止した。  ようやく出て来たのは、「えっ……」という言葉だった。 「どうして。私?」 「この世界に来た時、琴美に声を掛けられてすっごく嬉しかった……救われた気持ちになったんだ。  あの時の俺は行く当てもなくて、途方に暮れていたから……」  あの日、私がジェダに話しかけた時、彼はコミケ会場前のベンチに座って俯いていた。  飲み物を溢した際に、クリーニング代は要らないと言われていたので、代わりに近くの駅まで乗せて行くと提案した。  その時、言われたのだ。  この世界の人間じゃないから、家も、行く当てもない、と。  それで、うちに来るように勧めたのだった。 「一人暮らしの女性が、見知らぬ男を自宅に招き入れる事が、どれだけ危険な行為なのか知っている。  そんな危険を冒してくれたコトを報いる為に。  この世界の事を何もわからない俺に、沢山色んな事を教えてくれたコトの為に。  何かしてあげたいと思うようになった」 「そんな大した事じゃ……」 「コト、どうして最近、小説を書かないの? 俺がいるから書けないの?」 「そうじゃないよ。私には小説家の才能がなかっただけで……」 「どうして? 俺はコトが書く小説をずっと楽しみにしている。  コトが書く小説を一日でも早く読んでみたくて、この世界の文字を覚えた。  今だって、コトの小説が好きで、続きが楽しみで、気がつけばスマホばかり見てる。更新をずっと待ってる」 「そうだったの……?」  誰も読んでいないと思っていた。  流行りの作品が書けなくて、人気が出るのは後から発表される作品ばかり。  だから、人気のない作品しか書けない私には、才能がないのだと考え始めた。  それで、子供の頃から夢だった小説家の夢を諦めたのに。
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