最後の一つ前の晩餐

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「さてと、そろそろ次の料理を出すかな」  そう言って岸田が立つと、待ちきれないとばかりに中井の声がその背中を追った。 「次の料理は何だい?」 「そう焦るなよ。フルコースはまだ中盤。お次は……スープさ」 「それは凄い。こんな場所でスープをいただけるなんて」 「船員兼コックのおれの腕を甘く見るなってことさ」  目の前に運ばれた鉄のコップの中を見て、中井は驚嘆、そして歓喜した。臭みをなくすためにどれくらい大変であったかを説く岸田をよそに中井は、これは、とばかりにコップを目の高さまで上げ、掌に伝わってくる温かさと鼻孔をくすぐる香りに酔いしれているのだった。 「冷めないうちに食べろよ」  しびれを切らした岸田の催促に、やっと我を取り戻した中井がコップを口に運ぶ。 「あぁ……」  中井は食道から胃の中へと広がる温かさで、思わずというような声を上げた。そんな様子を見ていた岸田はさらに得意になり、 「ほら、もっと食べてみろよ」  と、両の掌を下から上へと、欧米の人がするような大きなジェスチャーを交えながら勧める。中井がコップの中の具を口に入れると、すぐに目を見開いて二度、三度と頷いておいしさをジェスチャーで返した。ゴクリ、とようやく飲み込んだ中井は、 「牛のテールスープ……いや、これはホルモンだ」  と、言い終わってからもまだ口の中にいるような錯覚で、何度か咀嚼が空を切っていた。これもまた岸田の心を満たしてくれた。 「味噌がないのが残念だったのだがな」  謙遜するように岸田が言った。 「いや、十分にうまいよ。正直、こんな場所でこれほどのものが食べられるなんて思いもよらなかった」  中井の興奮はまだ冷めていない様子。岸田は、自分が得意になっていることを中井に悟られてしまうのが急に恥ずかしくなり、 「ホルモンと言えば、船内レストランのウエイトレスのあの娘、名前は三上さんだったっけ、あの娘もホルモンが好きだって言ってたよな」  と話しを変えると、中井がそれに食いついた。 「そうそう、三上さん。ホルモンは太らない、とかよくわからない持論で、週に三回も四回も食べてたって言ってたな。そのせいでか、ククッ、それはもう、丸々となあ、肥えて……」  笑いを堪えながら話す中井を見て、岸田は、 「それは、ククッ、言い過ぎだよ……三上さんは、一応、女性な、訳だし……」  と、誘い笑いをもらいながらも必死で擁護してたのだが、次第に耐え切れなくなっていった。どちらが先に、という訳でもない。いつの間にか、何もない岩山に、二人の男の下衆な笑い声が響き渡っていた。絶望的な状況にあるにも関わらず、いや、絶望的な状況であったからこそ、笑いというスパイスはありがたい。スープよりも温かな笑いの空間が、テーブルを中心に二人を包み込んでいた。  しばらくして、笑い声が止んだ。そしてそのまま、二人は無言のまま黙々とスープを平らげた。
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