最後の一つ前の晩餐

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「さあ、次はメイン料理だ。フルコースと言っておきながら、さすがにデザートは作れなかったから、次が最後になるけど許してくれよな」 「何を言っているんだ。前菜とスープ、そしてメインまであるのだから、十分フルコースを堪能させてもらっているというものだよ」 「そう言ってもらえると助かるな」  岸田は空いたコップを片付けながら、火の上がる簡素な岩の調理場へと歩いていった。間も無く両手にそれぞれ、大きな骨付き肉を持ってきて岩のテーブルにどさりと置いた。 「これは、大きいな。どこの肉なんだ」 「もも肉さ」 「そうか、もも肉か。去年、家族でクリスマスに食べたターキーよりも、一回りも二回りも大きい。夢だったんだよな、まるで原始人が食べていたようなほね付き肉。こんな場所でこんなものを食べられるなんて、これもまた夢のようだ」 「クリスマスか……」  ぼそりと呟いてから岸田は空を見上げて、 「毛利船長もクリスマスには変にこだわりを持ってたよな」 「そうそう、去年のクリスマスの毛利船長、可笑しかったよな。おれ達は落ちこぼれで、いつも最後まで船の掃除をさせられてさ、そんな様子を父のように厳しくも優しく見守ってくれててな、いつも叱咤激励をしてくれていたあの毛利船長がさ、クリスマスの日だけは……」  今にも笑いだそうとするのを必死で奥歯に噛みしめている中井を尻目に、岸田が乗ってきた。 「そうそう、ククッ。おれ達に猫撫で声で『おーい、二人ともー。お願いだから今日は早く帰ろうよー』だもんな。いつもはライオンのように勇ましい毛利船長の声が、いきなり『にゃおん』だもんな。あの時の毛利船長は可笑しかった」 「なにか理由があったのかな。浮気とか」 「いや、先輩に聞いたんだけど、子供の靴下にプレゼントを入れるのが理由だったらしい」 「なんだ、そんなことだったのか。さぞ小さくて可愛いお子さんなんだろうな」 「いや、去年成人式を迎えた男子らしい」  そう言った岸田自らが笑いを堪えることができなくなって、思わず噴き出してしまった。中井も同様、誘われるがままに笑い声を上げた。一しきり笑った後、岸田が涙を拭いながら言った。 「さあさあ、食べてくれ」  いただきます、中井は目の前の肉にかぶりついた。 「これは……」  小さく呟いてから間髪を入れずに、二口、三口と口に運び入れたため、中井の頬はすぐにリスのように膨らむことになった。咀嚼をすることが困難な状態から、一噛み、二噛みとゆっくりと顎を動かして、ようやく中井の喉がゴクリと音を立てた。岸田はご満悦といった表情で、にこにことその様子を眺めていた。中井はコップにつがれた水を一口飲むと、ようやく口を開いた。 「うまい、なんという食べごたえなんだ。前に食べた肉は柔らかくて、油の甘味を感じることはできたけど、今回の肉は多少筋張ってはいるが、にくにくしいというか、男向けという感じで、素晴らしい満足感を得ることができる」  必死に奥歯で肉を噛み砕く中井の姿に触発されて、岸田も両手に肉を抱えて口にした。 「うん、中井の言う通りだな。やっぱり肉はこうでなければ」 「最高級の松坂牛もそれはそれでおいしいものなのだろうけれど、こんな岩山で、一週間もの間何も口にしていないおれ達にとっては、これ以上ないご馳走だろう」  それから二人は何も言わず、目の前の肉に淡々とむさぼりついた。 「ああ、美味しかったよ。最高のフルコースだった」  中井は両手で自分のお腹をさすって見せた。 「そう言ってくれると、本当に作り甲斐があったってものだ」  岸田は嬉しそうに、しばしの間岩に叩き付けられた波しぶきを見つめた後、空を見上げるのであった。
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