最後の一つ前の晩餐

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 平らな岩をテーブルに見立てたその上に、岸田が料理を運んできた。 「今日はフルコース風にしてみたよ。とりあえず前菜……とはいっても、草木も何もない場所だからたかが知れているがね」  岸田の言葉に、嬉しそうに目を見開いた中井が返す。 「フルコースとは助かるよ。食べるという行為だけではなく、雰囲気も良い味付けとなってくれるというものだ。それにしても、いったい何日振りの食事だろうか」 「三日か、それ以上か……」 「そうだろうな。もうここへ来てから、どれくらいの時間が経ったのかも覚えていない」 「忘れたな……」  四方を海に囲まれた、休眠中の火山のような岩山に漂流して、既に二十日以上の時間が流れていた。漂流してから十日目までは太陽が上がった回数を数えていたものだが、一艇の船も見かけることのない日々に嫌気が差してか、それともその行為の無意味さに気が付いてか、二人は日を数えるのを止めてしまっていた。  これまで何とか生きてこられたのは、少量の非常食があったのと、鍋と呼ぶにはおこがましい鉄板と、岩山に流れ着く木の板があるお陰で、火と水だけは確保できていたからであった。 「この木片も、座礁して沈んだ船のものなんだろうな、おれ達と同じように……」  中井の言葉を遮るように岸田が言う。 「もう止めよう。それより食べろよ、きっとおいしいぞ」  わかった、と細い木片を箸代わりに中井が料理を口に運ぶ。 「うん、うまいな。コリコリとした触感が堪らない」  忘れかけていた食感が顎から頭蓋骨へと響き渡り、中井は思わず目を瞑って顎を上げた。そんな様子を見て、満足気な岸田が口を開く。 「そうだろ。味付けは、塩のみ、だけどな」 「塩で十分だよ。それにこの食感は……そうだ、焼き鳥の軟骨を思い出すな」 「焼き鳥か……。なあ中井、覚えているか? 二人でよく言った駅前の焼き鳥屋」 「覚えているに決まっているだろう。気前の良い大将と気立ての良い女将さんがいてな、まるで実家に帰ったように居心地が良くて、仕事の愚痴から女のことまで、馬鹿みたいに何でも朝まで語ったよな」 「あそこのポテトサラダ、お前好きだったよな」 「あれは格別だった。きゅうりとじゃがいものバランスが絶妙だったけど、何より女将さん直伝の自家製マヨネーズが最高に素材の味を引き立てていたんだ」 「おれは大将の串が好きだったな。特にレバーの、外はカリカリで中はトロトロの食感にはまいったよ」  熱っぽく語り合う二人の足元のさらに下の岸壁に、ざぶんと波が打ち付けた。 「また、行きたいな……」 「ああ……」  会話が途切れるのは気まずい雰囲気だからではないことを二人は知っている。二度と行くことができないという絶望を悲観するよりも、純粋で綺麗な願望に思いを馳せるほうがここでは幸せなことを、二人とも理解しているからだ。
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