胡蝶蘭さん

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――何かがいる。 ガクガクガクガクガクガク。 身体の震えが止まらない。 振り返るのが怖かった。でも、振り返らなくても怖い。 ドクッ、ドクッ、ドクッ。心臓が痛い。胸が苦しい。 俺は何もいないことを強く望みながら、ゆっくり、ゆっくりと振り返った。 「マジか……」 長椅子にセーラー服の女の子が、向こう向きに座っている。 いた? 気がつかなかっただけで、さっきからずっといた? いたよ。いたに違いない。暗くて気がつかなかっただけだ。 幽霊だと思いたくなくて、俺は彼女を人間だと思い込もうとした。 「あなた、どうしてここに来たの?」 女の子は立ち上がると、ゆっくりとこっちに振り返る。 その顔は青白く、冷たい目で無表情だった。 ――ヤバイ! ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。 ドクドクドクドクドク。 恐怖のあまり心臓が口から飛び出してきそうなほど早鐘を撞く。 「悪いことは言わない。早くここから出た方が身の為よ」 女の子がこっちに向かって歩き始めた。 一歩、また一歩。ゆっくりと俺に向かって……。 ――来るな! 来るな来るな来るな来るな来るな! 「ポケットの中の物を置いてね」 一歩、また一歩、無表情のまま、俺の方に近づいて来る。 「ぅぅぅうううわあああーーーーー」 パニックになりながら、必死でドアの把手にかけた手に力を込める。 ――開いた! 俺は無我夢中で外に飛び出した。 「うわあ、ぅぅううわぁあああーーーーー」 教会の風除室を抜け、外に飛び出したところで、そのまま足がもつれてしまった。 ――殺される! バサッ! 突然暗闇から、目の前が明るくなった。 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」 俺は……自分の部屋のベッドの上にいた。身体中から、玉のような汗が噴き出している。 「夢か……」 いや、本当に夢なのか? 俺は現実と夢の境界が分からなくなり、恐怖を感じた。 急いで階下へ降りると、母親が夕飯の支度をしている。 「ねぇ、俺、さっき出かけたよね?」 「え? 何寝ぼけたことを言ってるのよ。お昼に帰って来て、ご飯を食べてから、ずっと自分の部屋にいたでしょ? 夏休みの宿題、してたんじゃないの?」 「えっ、あ、うん」 リビングに掛けられている時計を見ると、時刻は午後四時過ぎだった。 俺が教会に入った時刻は午後四時ちょうどだったはずだ。ってことは、夢だったんだよな? ホッと胸を撫でおろすと、自分の部屋に戻る。スマートフォンを手にすると、友だちからメッセージが来ていた。 続きます。
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