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フレドリカとエミリアに促されて、フランも一緒に居間に入った。ソファに腰を下ろすとエリオットが温かいショコラ運んできてフランにも渡してくれる。礼を言って受け取り、ゆっくりと口に運ぶ。ほろ苦さと甘さが口の中に広がった。
何度飲んでも美味しいなぁと思うのと同時に、ベッテやドロテーアおばあさんにも飲ませてあげたいなと思った。
「ステファンの仕事は進んでいるのかしら?」
フレドリカに聞かれて、少し迷ってから「人を探しているみたいです」と答えた。その人の存在は、きっとあまり人に知られてはいけないのだろう。けれど、フレドリカとエミリアしかいない今なら話しても大丈夫だと判断した。この人たちは絶対にステファンの味方だと信じられるからだ。
フレドリカは「ステファンは辛抱強く物事に当たっているようね」と呟いて、小さく頷く。そして「すごい癇癪持ちだったのに、えらいわ」と微笑んだ。
「強い力を持ちすぎる人は、人より理性的にならなくてはいけないの……。あの子はそれをしっかり身に着けたのね」
フランはふと、ある人のことを思い出した。
「あの……、ステファンの前のラーゲルレーヴ公爵という人は……、どんな方だったんですか?」
そんなに恐ろしい人だったのだろうか。ステファンと同じ黒い髪と瞳を持ち、絶大な魔力で「闇の魔王」と恐れられた人物。その時の王を弑して玉座に即き、人々を苦しめたと言われている。
「ヴィクトル様……?」
フレドリカはやや困惑したような笑みを浮かべた。
「あの方は、先々代の国王陛下……正確には、ヴィクトル様ご自身が間に玉座に就いていらしたから、その前の国王陛下ということになるけど……、ヴィクトル様は、そのクリストフェル七世陛下の従兄弟に当たる方だったの。ステファンと今の陛下にとっては、おじいさまの従兄弟になる方ね」
第十四代ラーゲルレーヴ公爵、そして第17代ボーデン王国国王でもあったヴィクトル・ラーゲルレーヴ。闇の魔王と呼ばれたその人物が前王であるクリストフェル七世を手に掛けたのは事実だとフレドリカは言った。
「もう五十年近く前の話よ。四十五前か六年前……」
フレドリカは四歳か五歳くらいだった。だから、当時のことを直接覚えているわけではないけれど、後から聞いた話では、ずいぶん大きな被害が王宮の中心部であったということだ。
ただ、それから数年の間に起きたことや、その後の王室の様子については、とぎれとぎれに記憶があるという。
フレドリカの生家は伯爵家だったが、ヘーグマン家と同様、長い間王家の信頼を得て側近く仕えてきた家柄だった。母親が王妃の侍女を務めていたため、フレドリカと彼女の兄弟姉妹も王家と近い場所で生活していたという。五つ年上の先代の王アンブロシウス七世とは幼馴染みでもあるらしい。
「私には、ヴィクトル様はよい先生に見えたわ。アンブロシウス様にとって……」
ヴィクトル・ラーゲルレーヴが謀反とも呼べる事件を起こしたのはアンブロシウスが十歳の時。それから五年、闇の魔王と呼ばれたヴィクトルの統治は続いた。それがどんなものだったのか、幼かったフレドリカには判断できない。だが、アンブロシウスが十五歳になり、成人として単独で王位を継承できる年齢が近づくと、ヴィクトルは自ら黒の離宮に退いたのだとフレデリカは言った。
「そして、その前後くらいに、王宮のごく深い場所で、何かがあったみたいなの。いつの間にか、ヴィクトル陛下は自ら退いたのではなく、過去の事件を理由にアンブロシウス様によって王位を剥奪されたことになっていたわ」
もともとの領地だったラーゲルレーヴ公爵領に戻っただけなのに、黒の離宮に幽閉されたことにもなっていたという。
「なんだか不思議だったわ。もっとも、当時の私は十歳で、全部を正しく理解していたかというと、自信はないんだけど……」
その当時、フレデリカは「余計なことを言ってはいけない」と何度か大人たちから注意されたという。余計なことというのは、たった今フレドリカが語ったようなことだ。アンブロシウスからも同じようなことを言われ、フレドリカはヴィクトル・ラーゲルレーヴについて何かを語ることをやめた。
「何があったんでしょうか」
「わからないわ。でも、ヴィクトル陛下に常に敵が多かったのは、子どもの私たちでも、なんとなく感じてた。アンブロシウス様があの方をどう思ってらしたのか、私にはとうとう最後までわからなかったけど……」
自分の父を殺し、五年間玉座に就いていた相手に何も感じていなかったとは思わない。恨みや憎しみもあったのかもしれない。
けれど、それとは別に、アンブロシウスはヴィクトルを信頼し、慕っていたように見えたとフレデリカは続けた。
「なぜ、ヴィクトル様が闇の魔王だなんて言われるのを許したのか、よく考えると不思議な気がするわ」
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