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旅立ち
急いで水汲みに戻ろうとしたフランは、使用人頭のヤーコプに捕まって、屋敷の奥の小部屋に放り込まれた。ヤーコプはでっぷり太った赤毛の中年男で、炊事場の親方がフランを小突き回すのをいつもにやにや笑って見ている。
女中のベッテが呼ばれ、ヤーコプに命じられてフランの服を剥がし始めた。
「やだ。何するの、ベッテ」
「身体を洗うのよ」
金属のたらいに座らされ、頭から熱い湯をかけられる。フランはびっくりして飛び上がった。
「火傷するよ」
逃げようとするフランを捕まえ、もこもこと泡の出てくる何かでフランを擦り始める。再び湯を浴びせられ、フランは悲鳴を上げた。
「あんた、ずいぶん汚れてるわね。擦っても擦っても垢が出るわ」
「ごめんなさい」
水に浸した布を硬く絞ったもので毎日身体は拭いている。臭いと叱られないように、よく拭くようにしているが、それでも汚いらしい。
「仕方ないわよ。お湯と石鹸で洗うのなんて、初めてだろうし」
最後にもう一度、ざっと湯をかけられた。
「時間もないし、このくらいでいいか。急いで服を着せなくちゃ」
籠の中にフリルの着いた小奇麗な服が並んでいた。
「これ何?」
「坊っちゃんのお下がりよ。フランは小さいから、ちょうどいいだろうって……」
フランには着方さえわからない服を、ベッテが手早く着せ始める。
「僕、こんなの着せられて、どこに連れて行かれるの?」
ベッテの手が止まった。うつむいて目元を押さえる。
「ベッテ……?」
「あんた、今までだって、いい思いなんか一つもしてこなかったのに……」
「どうして泣くの?」
「逃がしてやりたいけど、そんなことをしたら……」
本当は、自分も詳しいことはわからないのだとベッテは言った。
「でも、これだけははっきりしてる。フランは、人身御供にされるのよ」
「ヒトミゴクウ? それって何?」
「生贄よ。みんなが助かるために、あんた一人を犠牲にして、差し出すの」
「誰に?」
「魔王に」
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