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ヴィクトル・ラーゲルレーヴ
ステファンの体温に包まれて目を覚ました。
「ん……」
「起こしたか」
フランから離れかけていたステファンが動きを止める。窓の外はまだ暗い。
夜が明ける前なら空を飛んでも人に見られる心配がない。それはわかっているけれど、もう行ってしまうのかと思うと悲しくなった。
じっと見つめていると、軽く一つキスを落として「泣かないで、いい子でいるんだ」と囁く。それからシーツの上に脱ぎ捨てられたままだったシャツに、長くて美しい腕を伸ばした。ステファンの動きを目で追っていたフランはハッと息をのんで、急いで起き上がった。
「だめ」
ステファンが手にしたシャツを奪い返す。
「フラン?」
「僕、泣かないでいい子にしてる。ちゃんと、待ってる。だから、シャツは置いてって」
ジレも上着も全部。そう言いながらステファンの服をかき集めた。
昨夜のステファンは「ヒートではないから、無理をさせたくない」と言って身体は繋がず、フランの『処理』を手伝い、自分のものも吐き出してから、フランを腕に抱いて眠りに就いた。その間にいろいろと気持ちいいことをたくさんされて、多少の声は上げさせられたけれど、ヒートの時のようにぐったり疲れてはいない。
フランはしっかり服を抱え込み、「これの、匂いを嗅ぐの」と言ってステファンから逃げた。
「匂い……? ああ……」
わずかに戸惑った後で、ステファンは「なるほど。巣づくりか」と呟いた。その後で、やや呆れたように肩をすくめて笑う。
「本体よりも、服のほうが大事なのか」
淡い月明かりの差し込む中、逃げたフランとの距離を視線で示した。
「ち、ちが……」
フランは慌てて首を振る。
「ほ、本体……? の、ほうが、大事に決まってるけど……。だけど、本体は……、ステファンの身体は、置いてってくれないでしょ……?」
「それはそうだ。だが、俺はどうやって帰ればいい」
もたもたしているうちに夜が明け始める。白み始めた窓の外を軽く指さし、「明るい中を、シーツを身体に巻いて飛んでいくのか?」と聞いた。
「二重の意味で驚かれるぞ」
闇の魔王と呼ばれ、恐れられ、悪い噂を立てられることには慣れているが、そこに「変態」という噂まで加わるのはさすがに辛いものがあると言って眉をひそめる。
フランは少し考えた。確かにそれは気の毒だ。こんなに優しくてカッコいいステファンが変態扱いされるなんて。
けれど、やはり服は返したくない。
とうとう朝日が部屋に差し込む。すっかり明るくなった部屋の中で、ステファンは諦めたように笑い、そのまま宙を仰いだ。
「おまえには敵わない」
鈴の付いた紐を引き、朝の早いキッチンメイドがドアの外にやってくると「フレドリカを呼んでくれ」と命じる。それから、フランには寝巻を着せ、自分はシーツにくるまってフレドリカの到着を待った。
「まあ、ステファン!」
早い時間に起こされたフレドリカはナイトドレスの上に異国のキモノを羽織り、ショールを巻いて現れた。
「いったいどうしたの?」
「フランから手紙をもらって会いに来た。それで、その……」わずかに顔を赤らめてから、「レンナルトの服があったら、貸してほしい」と続ける。
ステファンの服をぎゅっと抱きしめているフランを見て、フレドリカは首を傾げた。
「その服は?」
「オメガの巣づくりのようだ。俺の匂いがする服を置いていけと言っている」
「あら、まあ……」
フレドリカは「なんて、かわいいの」と言いながら両手を頬に当ててフランを見つめた。
「あらかじめ、レンナルトが俺のシャツを持たせたらしいんだが、あいにくそうとは知らず、ランドリーメイドが洗濯してしまったらしい」
「まあ、そうだったの。それは可哀そうなことをしたわ」
ただでさえずっと元気がなかったフランに気づいていたフレドリカは、フランの身の起きたことを知って、ひどく同情してくれた。
「それは、心細かったわね、フラン。でも、すぐにステファンが来てくれてよかったわね」
フランが頷くのを見て、ランドリーメイドにも、フランの部屋にある服は勝手に洗濯しないように指示しておくと約束する。
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