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本家へ①
「で、なんでここに琉花さんと杉本さんがいるのかな?」
梨子と待ち合わせをしていた僕は呆れたように彼女の後ろに立つ二人を見た。琉花さんは随分と顔色も良くなり、僕が黒い影を祓ったお陰なのか先日よりも元気そうにしている。とはいえ、完全に呪いを断ち切れた訳でもなく、今の所安全だが完全に大丈夫だとは断言できない。
僕自身もあの不気味な『闇からの囁き』のWEBサイトにアクセスしてしまっている。
部屋にばぁちゃんと協力して結界を張っているものの、洗濯を干したり買い物に出かける度に目の端に何者かの気配を感じていたし、徐々にそれが、僕の方に近付いてきているような気配がしていて気が滅入りそうになっていた。
「琉花だって被害者なんだから、当たり前じゃん! 馬鹿みたいな呪いを掛けたやつの顔を見てやりたいし」
「僕はやはり……真砂にWEBサイトのURLを渡した事に責任を感じていまして……それに、雨宮さんも見てしまったとお伺いして、何か僕にもお手伝いが出来たらと思いました。よろしくお願いします」
琉花さんはどうやら、憑きもの筋である菊池加奈さんを疑っているようで、不機嫌そうに拳を作っている。杉本さんの方は曽根さんを発端に琉花さんのみならず、僕の事に関しても責任を感じているようで心なしか顔色が悪い。
梨子はと言えば、僕がWEBサイトにアクセスした事を初めて知り目を丸くすると、一体どう言う事なのか説明を求めるようにつめ寄ってくる。
普段は温厚な子なんだけど、その時ばかりは見たこと無いような怖い顔になって、僕は嘘がバレた事に焦りまくり冷や汗をかいた。
「健くん、本当なの!? なんで言ってくれなかったのよ、そんな大事なこと。私たち相棒なんだから秘密は無しにして」
「あ、うん……梨子が心配するかなと思って、わ、分かったよ。梨子にはちゃんと話すから」
僕の車の助手席にプンプン不機嫌そうに乗り込む梨子に、僕は心臓が縮み上がるような思いだったが、真剣に僕を心配してくれているのが分かった。
こんな時にこんな事を思うのはどうかと思ったけど、顔が緩んでニヤニヤしてしまいそうになって必死に取り繕う。
『鼻の下が伸びてるよ、あんた。はよう乗りなさい』
ばぁちゃんの冷たい視線が突き刺さって痛い。
僕は気を取り直すと運転席に乗り込み、とりあえず後部座席に琉花さんと杉本さんに乗るように促した。そして僕はバックミラーで二人を見ると言う。
「琉花さん、僕が曽根さんの最後の電話を受けたとき、菊池さんの名前を呼ばれたんだ。だから彼女も被害者だと思うんだ。大所帯でご実家に押しかけるんだし失礼の無いようにね」
僕は、威勢の良い琉花さんに釘を刺すと彼女は、頬を膨らませてシートに持たれかかり、シートベルトを締めると早々に携帯をいじり始めた。杉本さんは元々、初めて会った時から影があるタイプだったけど目の下に隈を作っていて、疲れたようにため息をついてもたれかかっている。
明くんに、訪れる人数が増える事を梨子に連絡して貰うと僕は埼玉県のK市を目指して車を走らせた。僕は、ハンドルを握りながら杉本さんに話しかけた。
「杉本さん、曽根さんのプロフィールに朝比奈女子高等学校の事が書いてなかったんですが、何故なんですか?」
「ああ、アイドルの中には学生時代の卒アルとか学生時代の事を色々と探られたくない子もいるんですよ。まだ学校を卒業してない子もいるので、プライバシーの為にも配慮されています。僕も、中途採用で今の事務所に入ったのでそれぐらいしか分かりませんが。曽根は朝比奈女子高等学校出身ですか。そう言えば廃校になった場所ですよね」
杉本さんの意外な言葉に僕と梨子が顔を見合わせた。朝比奈女子高等学校は、関東では有名な高校なんだろうか。
梨子も僕も島民育ちだし、よほど全国的に有名な大学や、毎年甲子園に出るような高校くらいしかわからない。彼女も同じように疑問に思ったようで問い掛ける。
「朝比奈女子高等学校って、埼玉以外でもけっこう有名だったんですか?」
「ああ、いや……子供の頃、埼玉に住んでいた事あったので、何となく家族で話題に登った記憶があったんです」
なるほど、と僕が納得すると同時に車は暗いトンネルの中に入っていった。その瞬間、僕は全身が総毛立つような悪寒を感じ体を無意識に硬直させた。
一体何なんだこの感覚は。
僕たちの車を追うように、後ろから道路照明が点滅していくのがわかると、異変を感じた琉花さんや梨子が息を飲んだ。杉本さんも、一体何が起こっているのか分からずに狼狽えている。
「え、なに、健くん……で、照明が、何……あれ」
「う、後ろ! 真っ暗なのが迫ってくるっ、何あれ、怖い! いやぁっ!!」
「な、何だ? 何が見えるんだ?」
梨子が震える声で電気が消えていく様子を唖然として見ている。
琉花さんは背後を振り返り怯えたように悲鳴をあげると、杉本さんに抱きついた。
杉本さんは霊感が無いようで状況が飲み込めないが、何か恐ろしい事が起こっているのだと言う事だけは察している。
バックミラー越しに視えたのは、夜よりも真っ黒な、トンネル名一杯の大きさの影の球体だ。それは良く霊視すると真っ黒な球体だと思っていたそれは、人毛の塊のようなものがぐるぐるに巻かれている。
その隙間から、人の手や足、男女の性別が分からないような顔が苦悶の表情や空虚な笑みを浮かべ、ゴロゴロと動く度に迫り出し地面に踏みつけられていく。
声は無い。声はないがパクパクとなにか言葉を発して瞬きもせずにこちらを見ている。
悪霊の集合体のような、魔物と化した不気味なそれを見た瞬間、僕はとっさに三人に言い放った。
「しっかり捕まって下さい! スピード上げます!」
あれが『闇からの囁き』の呪詛、坂浦さんの自殺動画の中で視たものの片鱗なんだろうか? あれに捕まったら最後全員が発狂してしまいそうだ。
前方を走っている車がいないのをいい事に、僕は制限速度を無視してトンネルの中でスピードを上げた。
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