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引き寄せられた依頼①
僕はついに二年間お世話になった会社に辞表を出し残っていた有給を満喫していた……じゃない、島に帰る為に少しずつ荷造りをしていた。
まさか、こんなに早く島に帰る日が来るとは思わなかったけど、前回の事件で入院までしてしまって、僕はさすがに危機感を覚えたのだ。
二年しか住まなかったけど、この辺りはそれなりに便利で過ごしやすかったなぁ……僕はそんな事を考えながらも、コンビニで買ってきた鮭のおにぎりを食べながら雑誌をめくった。
『なになに、女の子が喜ぶ定番の東京デートスポットはここ、外れなし、ねぇ』
「ちょ、ちょっと、ばぁちゃん! 勝手に覗かんでよ。心臓飛び出るかと思った」
僕の守護霊の巫女さんこと、楓ばぁちゃんは
僕の肩からニュッと出てきて、雑誌を覗き見るなりニヤニヤしながら口に手を当てている。
なぜ若い時の姿で出てきているのかと言えば死んだ爺ちゃんと恋に落ちた年齢で、あの世でずいぶんと喜ばれたからなんだとか。
『あんた、ようやく梨子ちゃんに告白する気になったのかい? 遊園地もいいけど、夜景が見えるとこにしなさいよ。ロマンチックでしょ? 梨子……ずっと前から好きだった。僕と付き合ってほしい』
ばぁちゃんは、表情をキリッとさせると昨日見た某男性アイドルが主演する、連続恋愛ドラマのモノマネをしながら、僕に告白のレクチャーをしてきた。
「東京最後の思い出に、どこかに一緒に遊びに行けたらなぁって思ってるだけだし! いや、そりゃ僕も梨子と付き合いたいよ!?」
そりゃ、付き合いたいに決まってるけど、あの花火大会の夜に『健くんは大切な友達だから』と言われた僕の身にもなって欲しい。玉砕覚悟で告白するほど勇気はない。それにせっかくこうして、高校の時みたいに繋がりが出来たんだから、それを気まずくなって壊したくない。彼氏になれなくても……男に見られなくても僕は……。
『はぁ、やれやれ。ほんとあんたは昔からウジウジしてるんだから。梨子ちゃんも苦労するわー』
「うるさいなぁ、もう。僕と一緒に東京観光できるならいいでしょ」
――――ピロロン。
ラインの通知が入って、僕はそれが梨子からのメッセージだと気が付くと知らず知らずのうちに笑顔になってしまった。
『課題終わったー! 間宮先生の課題難しすぎて死ぬかと思った〜〜。健くん、引っ越しの準備進んでる?』
『お疲れ様。うん、ぼちぼちかな……。やっぱり休み消化してるとなんだかんだで寝るのが遅くなっちゃってさ、引っ越し当日に焦りそうな気がしてる』
『わかる気がする。今日はバイト無いから私がお手伝いにいこうか?』
僕は思わず声に出してガッツポーズをしてしまった。これでお礼にお洒落なカフェに誘える口実ができそうだ。梨子は僕と同じで映画好きだし、映画館でもいいかもしれない。
『ほんと? 僕一人だと漫画読んだりして進まないから助かる』
『(笑)それじゃあ、今から健くんのマンションに向かうね。後でご飯でもおごってくれる?』
梨子は冗談のつもりでおごってくれとメッセージを送ったようだけど、もちろん僕はそのつもりで返事を返した。最後にかわいい猫のスタンプを押すと、テレビに釘付けになっているばぁちゃんに気付いた。お昼のワイドショーで有名なコメンテーターが飛び降り自殺について話しているようだった。
「どうしたの、ばぁちゃん」
『いや、最近は何でもネットになっちまってるんだねぇ。ばぁちゃんはパソコンに弱いからわかんないけど、ネットで流したりできるんだね。自分が死ぬ瞬間を誰かに見てもらいたいもんなのかしら』
そう言えば昨日、そんなニュースを見かけたような気がする。確か、都内に住むデザイナーの女性社員が自分の勤め先のオフィスビルから、ネットの生配信しながら飛び降り自殺したという内容だった。
彼女は有名な動画配信者じゃなくて、ときどき自分が買った小説やメイク配信、他愛もない雑談などの動画を投稿していたらしい。自殺配信がされる前に出された動画では、心を病んでいた様子で、リスナーには心配されていたと言うような事が書かれていた。
僕はとても顔出しして動画を配信できるような度胸は無いので彼女達の気持ちはよく分からない。
「動画配信してる人だから、何かしら記録に残しておきたかったのかも知れないな。時々、そういうのニュースになってるよ」
ネット社会の闇だな、と僕は思う。
SNSで自分のつぶやきにどれだけ他人が反応してくれるか気になる。他愛もないプライベートの動画を全世界に向けて発信し、どれだけ他人から高評価を得る事ができるかを競う。その方法は、いくつもあって世界中の人が承認欲求を満たす事に夢中になっているのだ。
だから、他人よりも注目される事を狙って危険なことや非常識な事をする。そして、彼女のように最後の幕引きを誰かに見て貰う事で訴えかける人もいるのだ。
『なんか難しい時代になったもんだねぇ。それで梨子ちゃんは来るのかい? 女の子が来るんだ、えっちな本は隠しておくんだよ』
「や、やめてよばぁちゃん、そんなの置いてないって!」
本気で止めてほしい。
僕は断じて、そんないかがわしいものは自分の部屋に置いたりしない。だいたい今はネットで全て見れる時代なんだぞ。
いつまでも僕を、思春期まっただなかの中学生男子のように接するのは止めて欲しいものだ。
あれは、部活の先輩に無理矢理押し付けられたものであって決して僕のものじゃ………。
「はぁ。とりあえずテレビは見てていいから僕は梨子と片付けるからね」
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