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1.
沼底のような深緑色の冷たい眼……。
何の感情も読み取れないと燿子は思った。辛うじて自分の姿を捉えてはいるが、この男の眼に温度は感じられない。
愛されてはいない。とうに気がついているが、その眼に一瞬でも映るのならと、淡い期待を消せずに抱かれ続けている。
「随分と余裕があるね。燿子」
首に食らいつくようにキスマークをつける男。胸にもお腹にも、そこかしこに自分の所有物だと言わんばかりの印をつける。
それが嬉しいのか何なのか、燿子は最早判断することが出来ない。この男、ジロー・九十九は誰のものにもならない。与えられるものをありがたく受け取るのみ。こちらから求めてはいけないのだ。
ジローの長く柔らかい猫毛が燿子の肌に触れる。キスをされるたびに極上のカーテンに包まれ、世界が閉ざされる。二人だけの世界。そんな世界に永遠に居られればどんなによいだろう。
ジロー・九十九。本名、津雲二朗40歳。売れっ子の人形作家である。
フランス人の父親と日本人の母親の間に産まれたジローは、その風貌において一つの芸術品と呼べるほどに美しかった。
整った目鼻立ちに深緑色の眼、さらに美しさを際立たせる長い黒髪。そこにただ居るだけでスポットライトが当たっているかのような、別格と言わざるを得ない人物である。
自己プロデュースにも長けているジローは、人形作家として神秘性を持たすため、左眼に青色のカラーコンタクトを入れていた。オッドアイはジローの代名詞になっている。
燿子は、初めて抱かれた日のことを今でも痛烈に覚えている。オッドアイの眼に見つめられ催眠にかかったかのようであった……。
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