01.始まりの鈴音

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01.始まりの鈴音

──リン、と風鈴の清涼な音が響いた。 閑静な住宅街にある昼下がりの小さな公園。 緑にあふれたと言ったら聞こえはいいが、ようは木々や生垣の成長、雑草の繁茂を黙認した結果で、さまざま伸び放題になっている。 濡れた色をした土に無造作に生えた雑草を踏みつけながら、彼は歩いていた。 時折、土臭い匂いが鼻腔をつく。ムワッとした草いきれに思わず「暑い」と濁点のついた怨嗟(えんさ)の声が漏れた。 本来であれば子供たちの格好の遊び場だ。もう少し賑やかだった記憶があるが、今は彼以外誰もいない。 強い日差しに彼は思わず目を細めた。この炎天下である。きっと皆、冷房の効いた室内に篭って遊んでいるのだろう。 彼は汗を拭った。 陽炎が燃えるうだるような暑さのなか、雲梯やブランコを一瞥する。きっと火傷するくらい暑いんだろうなと頭の端で思いながら、彼はふと歩みを止めた。 一瞬、自分の目的を見失っていた。この足は、一体何処に向かおうとしていたのだろうか。 熱に沸いた頭でぼんやり考える。 ……そうだ、確か友達の家に遊びに行っている最中だった、と思い出した。 もう一度、風鈴の音色がした。 どこか懐かしい気がした。 どこからだろうと彼は辺りを見回す。見上げると、三階建の密集した集合住宅が目に入った。 どこかのベランダか、窓際に吊るしてあるのだろうか。 目で追ったが、ついに見つけることは叶わなかった。気づけば彼の興味は別のことに移っていた。 そうだ、今日は友達の家で最新作のゲームをする約束をしていたのだ。 俄然ワクワクした気分になった。 その途端、ぶん、と耳元で羽音がした。目の前に大きな蜂が横切り、さっと体温が下がった。 足首まで伸びた雑草を蹴るように、駆け足で公園を抜ける。 公園を囲うように生えている緑鮮やかな生垣は、自分の背丈よりも高く、ちょっとした圧迫感を与えている。 その切れ目のような公園の出口を抜けると、集合住宅群の入り口に面する小道に出た。 彼はふと立ち止まった。 ──そこに一人の女性が佇んでいた。 とはいっても、明確にその人が女性だと認識できたわけではない。 その人は青色のパーカーを着込んでいた。 パーカーとは言っても、お尻が隠れるくらいの長丈のそれに、黒のレギンス。しかもフードを被っていた。そのフードの隙間から、少し茶色の髪が溢れでている。長さはショートボブくらいだろうか。 彼は、この炎天下のなか正気か、と驚いた。 日差しが強いため、逆光でその顔は影を差しているかのように認識できない。 ただ、細身の肩幅、小柄なシルエットからなんとなく女性かな、と彼は思った。 その女性はまっすぐ彼のほうを向いていた。 そして言った。 ──わたしの助手になってほしい、と。 若い女性特有の透明な声。 ああ、やっぱり女性だったかと彼は確信した。 女性は彼に近づいてきて、そっと手を伸ばした。
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