21.凶徒の追憶

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* ──第二の事件の舞台は自然に整っていた。 イニシアチブが功を奏したのか、気づけば沙古谷山での遭難の一幕に身を移していた。 これ以上とないくらいだ。願ってもいなかった。 ただ、ちらりと山里は彼の様子を伺った。 気になるのは一樹である。先日のこともあり、どうも彼の動向が気になった。 今日だって昼間に呼び出されたのだ。様子を伺う好機だと思って顔を出したが、特に怪しい素振りはなかったように思う。小説を読んだと言われ、つい熱弁を奮ってしまった。 もしかしたら何かしら探偵と関わりをもったのかもしれないと思ったが、杞憂かもしれない。しかし気になるのも事実だ。後顧の憂いを断つため、早めに始末すべきだろうか。 膝に顔を埋めてそんなことを考えていたが、ふと彼にいい考えが浮かんだ。 ──そうだ、一芝居打ってやろう。 今後もし探偵が出張ってきても、煙に巻く錯乱としていいかもしれない。 苛立ちと不安げな言葉を交わしている最中、倉林が殺されたこと──正確には自分が殺しているのだが──を暴露した。そのことを佐武も一樹も知っていたのは、正直恐れ入った。 場に恐怖が満ちた頃合い、いいタイミングだと思った。 そこからは滔々とした水の流れのように、トントン拍子で上手く進んだ。 まるで役を演じるかのように、近くにあった岩のうえで声を大にして叫び、そのタイミングで焚き火の真上に心影(スキア)を出現させる。 皆の取り乱し様はなかなか見ものだった。 そして仕上げに、黒獣に自らを襲わせるフリをするよう命じた。……自分でやっておきながら、なかなかスリリングでゾッとしなかった。 崖を降って飛び去る直前──何故か一樹は見当たらなかったが──前沢としっかり目があった。その瞳が恐怖で見開かれ、名前を呼ばれた。 これはいい。もし彼女が夢現を少しでも覚えておいてくれれば、現実で何かしら偽りの証言をしてくれるだろう。 ある程度、崖を下ったところで山里は地面に降り立った。特に怪我などはなかった。 降りてきた崖を見上げ、──彼は心底驚いた。 佐武が崖を滑るように追ってきたのである。なかなか無茶をする。現実ではこうはいかない。夢で警戒心が薄くなっているのだろう。 それとも使命感に突き動かされたのか、こういう被害者たちの無謀な行動を山里はよく目撃していた。 山里から離れろよ、佐武はそう言っては近くに転がっている石を拾って心影(スキア)に向かって投げてきた。石はスキアを素通りし、何も爪痕を残さなかった。 威勢を張ってはいるが、その目には恐怖の色が浮かんでいた。 あんなに憎らしげな口を聞いていた仲なのに、泣かせてくれる。 ちょうどいい。そもそも二人目として想定していたのは彼なのだ。ついでに、身代わりの犠牲者として貢献してもらおうじゃないか。 ……身の程を知れよ。 ──山里は、ただ無慈悲に、黒獣に佐武を噛み殺すよう命じた。 * 次の夢現で、山里は教室棟の屋上から皆の動向を伺っていた。 裏山の斜面を見上げ、呆然と立ち尽くす彼らを見下ろすのは実に愉快だった。 時折、自分の名前が聞こえてきた。現場にはいろいろと錯覚させるように証拠をばら撒いている。佐武の亡骸はズタボロで、体型も小学生当時は山里とそう変わらなかったから、つぶさに観察しない限りバレやしない。今頃、自分が八つ裂きになったと悲嘆に暮れているのだろう。 こんなに上手くいくとは思っていなかった。 こんなところから高みの見物をしているなんて、まさか思うまい。 山里はクセでメガネを押し上げようとし、なくなっていることに気付いて苦笑した。 そうだ、メガネも現場に打ち捨ててきたのだった。 だが、視力矯正の道具がなくなったとて特に問題ない。夢現では視力など関係ないのだ。せいぜい被害者錯覚の部品として役に立ってもらおう。 もういいだろう。一樹たちが裏山に近づいていくあたりで、山里は踵を返した。 自分には役者の才能があるのかもしれないと愉悦に浸りながら。 さて、次の見立ての準備をするか。次は大掛かりだからな。ついでに第四の下準備もしておくか。 彼らのなかで山里遼は惨殺されている。折角草葉の陰に雲隠れしたのだ。ここからはあまり大っぴらに行動できないのだから、出来ることは早めにやっておいた方がよさそうだった。 * 次の日は、なかなか皆の動向を掴めなかった。 一体どこにいるのだろう。 すでに現実でも雲隠れの口実として先手を打っておいた。 最近タチの悪いイタズラが流行っているからさ──。山里はそう担当の女性に切り出した。 もし連絡が来た場合は、世間を騒がせている病気を罹患して目が醒めないとでも言っておいてくれと伝えてある。 彼女は、嬉々として頷いていた。──何か仕事でストレスでもあるのかもしれない。 それはともかく、夢現の同居人は確実に減りつつあった。もしかしたら、こちらでも無意識に警戒して身を隠しているのかもしれない。 山里がスキアに意識を向けると、沙古谷山の麓をてくてく散歩している久谷老人と鳥羽の姿が映った。 拍子抜けした。まったく呑気なものだ。もう二人も殺されているというのに。殊、夢現で意識が曖昧だというのは、なんとも業が深い。 しばらく様子を伺っていると、おもむろに恭介が久谷老人を問い詰め始めた。 お、と山里は思った。恭介もうすうす気付いていたか。 さて、どう転ぶのだろう。事の展開を面白がって眺めていると、不意に一樹が草むらから出てきた。 お前、何してるんだよ。一樹はすぐに恭介のもとに駆けていったが、不意に女性の悲鳴が聞こえた。 草むらからわずかに顔が覗いていた、見覚えのない女性。 山里は確信して遠い場所でほくそ笑んでいた。 やっぱりいた。あれは──探偵だ。間違いない。 嬉々として心影(スキア)に襲撃を命じた。だが探偵も異常に気付いたのか、草むらに飛び込んだ時には姿が消えていた。 逃したか。山里は舌打ちをした。 だが、探偵の姿はしっかり目に焼き付けていた。
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