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外から見上げる理科実験室の窓は赤く鳴動し、どこからか黒煙を吐き出している。
どこまで延焼するのだろうか。
いくら夢現だとはいえ、母校が燃えるのを目の当たりにするのは後味が悪い。
やがて、一階の渡り廊下から狩野が姿を現した。
その腕には白と赤と黒に染まった肢体が収まっている。全身にひどい火傷を負った山里だった。
狩野が消火にあたったのだろう、山里は消火器の粉に塗れていた。服はほとんど真黒に焦げていた。
そして彼はピクリとも動かない。
「死ん、でるのか?」
「運が良ければ、かろうじて生きているんじゃないか。こいつにとっては悪ければ、になるのかもしれないがな。……まぁ死んだとしても墓守に処理してもらうから」
にべもなく狩野はそう言った。
「山里は、どうなるんだ?」
一樹は長身の狩野を見上げて聞いた。
「友達思いだなぁ。いや、それとも然るべき罰を受けてほしいって意味で言ってるのか?」
一樹は押し黙った。その問いは意地悪だ。そんなことないと声を大にして否定できない。山里は、それだけのことをやっているのだ。
ただ、凄惨な姿の彼を見ると、そう思っている自分が冷酷な人間のように思えてしまう。
「こいつは、とある夢現の深い階層にある夢現牢獄に囚われることになる。肉体が死んでも罪の年数だけな。数十年かもしかしたら百年単位か。それは分からないがな」
「……気の遠くなるような話だな」
どこか脳が麻痺したようだった。考えることを放棄しつつある節すらある。
不意に欠伸が出た。慌てて口を押さえた。こんな神妙な話をしている最中なのに。
「はは、もうおねむか?」
子供扱いするな、と思った。
「俺が大学生なの、知ってるだろ」
だが、どうも欠伸が止まらない。前にも思ったが、寝ているのに眠いとは一体どういうことなのだろう。これは、寝不足の時よりひどいかもしれない。
一樹は狩野に背を向けた。真面目な会話をしていたのに、これでは締まりがない。
「おう。もう休め。お前さんも怪我しているから。……これはちょっと目が醒めないかもしれないなぁ」
くわと欠伸をした最中だったから、後半よく聞こえなかった。……なんだか不吉なことを聞いた気がした。
「この夢現の事件もこれで終いだ。……発現者でない凶徒の犯行もここ最近増えている。なんか嫌な意図を感じるぜ」
狩野がそうぼやくように云った。
怪訝に思って一樹が首を捻ると、すでに彼は不敵な笑みを浮かべていた。
「じゃあ、後はこっちの仕事なんで。お前たちご苦労さん」
狩野は最後にそう云うと、踵を返した。何処に向かうのだろう。そう思った矢先、不意に彼の姿が掻き消えた。
彼もまた夢現の事情を知る者で、何らかの役割を持っているのだろう。一樹はそれ以上深く考えるのをやめた。眠気が思考の邪魔をする。
「──なんだか気が抜けちゃったね」
今まで隣で様子を伺っていたリンネがわずかに頬を緩めた。
「そうだな……」
ふぁとまた一つ欠伸が出たのを噛み殺した。
リンネの言う通り気が緩んだか。……いや、そうじゃない。さすがにおかしいと思った。
「俺、どうしたんだろう」
少し怖くなっていた。
リンネが安心させるような優しい表情を浮かべる。
「夢現で体に残るような怪我をするとね、修復作用が働くの。それだけこっちの影響は大きいんだよ。一樹くんは今、現実でも同じように疲弊しているの。身体のダメージをそのまま心がダイレクトに受けちゃってる感じかな」
原理は分からないが、何となく理解できるような気はした。夢現で死ねば現実でも同様になる。その原則があるなら怪我についてもまた然りというところか。
「大丈夫。寝れば治るよ」
安心して、とリンネは優しく言った。
その後、リンネは一樹の実家まで送ってくれた。何度か来たことがあるため、道もすっかり覚えてしまったらしい。
「おやすみ一樹くん。気休めかもしれないけど、少しの間ゆっくり休んでね」
リンネはそう言って玄関の扉を閉めた。
──ごめんね、ありがとう。
最後にそんな声が聞こえた気がしたが、気のせいかもしれない。
一樹はフラフラとした足取りで自室に向かうと、そのままベットに倒れ込んだ。
もういろいろ考えるのが億劫になっていた。
数秒後には意識が飛んでいた。
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