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──一週間後、一樹は沙古谷山に来ていた。
その麓に位置する沙古谷墓園は、八年前とそれほど変わっていない。過ぎた年月はそれぞれの人生をドラスティックに変えてしまったが、此処だけは時間の流れが緩やかなのだろう。
「確か、このあたりだったよな。あ、あった」
並んで歩いていた恭介が足を止めた。墓園のはずれ、緑が生い茂って隔離されているようにも見える位置に、小さくて素朴なお墓があった。
「まだ残っていたんだな」一樹はほっとした心持ち、そう云った。
当時小学生の彼らが無断で作ったものだから、すでに淘汰されて残っていないかもしれないと思っていた。ちゃんと弔いの標が残っており、一樹は心が救われるような気がした。
恭介は抱えていた花束を包んでいた新聞紙を外し始めた。中腰になってお供えの花束をその小さなお墓の前に置き、しばらく黙祷する。一樹もそれに倣った。一連の事故、そして事件で亡くなった者たちへのささやかな弔いだった。
「お前だけでも目が醒めてよかった」
やがて恭介がぽつりと云った。
「お前みたいに、由梨や山里も目が醒めればいいんだけど、な」
「……そうだな」
一樹は曖昧に同意した。それが実現し得ないのは分かっていた。
「久谷さんには、どうするんだ。伝えるのか」
なぜレオがいなくなったのか、その真実の一部始終を恭介はすべてを突きつけるのだろうか。だが恭介は逡巡した後、首を振った。
「さすがに言い辛いだろ。だからこっちからは伝えない。もしおれに尋ねてきたら、その時は知っていることを話そうかと、思ってる。さすがに全部は話せないけどな。──レオは命を投げ打って、おれたちを救ってくれたんだって」
恭介は以前ほど深く追究してくることはなかった。
一時期でも入院した一樹のことを慮っているのだろうと思った。
だから、山里が主犯であったことを彼には伝えていない。
久谷老人の服用していた怪しい錠剤を断った結果、化け物の徘徊する夢から 逃がれることができた。おそらく恭介は、そのような認識に落ち着いているのだろう。
しばらくお墓に視線を留め、感傷に浸っていたが、不意に恭介が立ち上がり伸びをする。そして大仰に息を吐き出した。
「──なーんか腹減ったな。そうだ一樹。折角だし、久しぶりにあそこの定食屋で食おうぜ」
恭介は一樹を見やると、切り替えるような口調でそう言った。
小学校の近くある昔ながらの定食屋である。懐かしいが、今でもやっているのだろうか。
一樹はそう思ったが、「いこうぜ」と肩に手を置かれる。一樹が立ち上がるのを認めると、恭介はわずかに笑って、踵を返して歩き出した。
やれやれと、一樹はその背中を小走りに追い掛ける。
ショルダーバッグから何が擦れあう小気味のいい音がした。恭介に手渡されたドリアルX入りの錠剤瓶である。
ふと、先日の出来事が頭をよぎった。
それは退院当日のことだった。
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