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1話 スパダリ(スパルタの方)
良く知らない男と裸の付き合いをする仲になったのには、少しばかり事情がある。相手はネコちゃん大好き到流くん。五つ年下、竜宮城勤務の冷めたスパダリだ。
この場合の『スパダリ』とは、スーパーダーリンのことではない。スーパー銭湯で出会ったスパルタというダブルミーニング。そう、到流はスパルタなのだ。そして、ダーリンである。どうしてこうなった。
時は数日遡る。
あらかた仕事の片付いた夏の夕暮れ時、中瀬文雄は仕事で使っているパソコンのプログラムを開き、久し振りにFTPソフトを起ち上げてみた。パスワードはなんだっけ。あれ、繋がんねえや、階層どうなってんだとやっているうちに、なんとかサーバに残っていた自分のファイルに辿り着く。
数年、放置した。
「あー、これどうするかなあ」
文雄は電機屋の片隅で、誰に言うでもなく呟く。ここは中瀬電機、文雄の父が経営する小さな店だ。本当は電機屋を継ぐなんて本意ではなかったが、外で働くよりかは融通もきくし、まあまあの妥協をしている。
どうするかな、と眺めているのは、昔書いた小説のファイルだ。惰性でレンタルサーバ代を毎年払い込んでいる、休止中のホームページがあった。
「削除、するか……? それとも……」
急に思い出したようにサーバに接続したのは、契約の更新が近いからだった。毎年この時期になると、レンタルサーバ会社からメールで通知が来る。ご利用料金をお支払いくださいと、そういうことだ。
「もったいないよなあ。使ってないのに」
作品の更新をしていないので、アクセスログを見たところで雀の涙、あるいはまったく微動だにしていない可能性も高い。自分で言うのもなんだが、以前は結構アクセス数があり、感想なども貰えていた。しかし仕事が忙しくなったのもあって、すっかり疎遠になっていた。
若干複雑な思いを抱きながら、あえてアクセスログを見ることはせずに自作品のファイルだけを開く。
「うお、懐かしいなこれ」
ついつい読んでしまった昔の小説。それなりに思い入れのある作品群をぽつぽつクリックしては、思わず読み耽ってしまう。
「やっべ、面白い」
自画自賛だが、本当に面白い。数年の時を超えて第三者のような視線から作品を振り返ると、思いの外内容を忘れていた。その為、この先どうなるんだっけ? などと作者本人ながら展開にわくわくする。
Web作家・ミオ。それが文雄の隠された姿である。
「おい、文雄。何にやけてんだ」
社長である文雄の父が、仕事の合間に見ていたパソコンの画面を覗き込もうとしたので、慌てて後ろに起動していたExcelを手前に持ってくる。
「マクロ組んでただけだよ」
「そういうの好きだなあ、おめえは。だけど、ほれ。配達頼んでいいか。竜宮城」
竜宮城、と言っても別に浦島太郎の話ではない。海鮮レストランが併設されたスーパー銭湯の名前だ。ここは漁師町で新鮮な海の幸が豊富だったので、とにかく海鮮系の店が多い。
「これから? 何を?」
「サーキュレーター、一台壊れたってよ。入れ替えだ。在庫から適当なの見繕って持ってけ。それ終わったら仕事上がっていいからよ」
ざっくりとした指示に、文雄はため息をついた。もっと明確に、どこのメーカーのどの型番とか、ないのだろうか。
閉店間際ではあったが、仕方なく以前竜宮城に納入したサーキュレーターの型を調べる。残念なことに既に廃盤で在庫もなかったので、似たようなのを倉庫から探してきてミニバンに積んだ。
「ついでにひとっ風呂浴びて、夕飯でも食ってくかなあ」
車の中でラジオを聞きながら、文雄は自分が空腹であったことに気づく。
竜宮城内のレストランは、文雄が昔バイトしていた店だ。元々飲食産業が好きで、どちらかと言えば電機屋よりもそちらの方向に進みたかった。けれど仕方ない。敷かれたレールは違うルートを示していた。
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