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下駄箱での嫌がらせ?
次の日の朝。森野高等学校1ーBの下駄箱。
「白雪さん。良かったらこれどうぞ」
何故かりんごは、いやがらせをする予定の白雪姫子に手、のひらサイズのピンクとフリルで過度に装飾された包み紙を差し出していた。
それを見て姫子は、湖のような澄んだ瞳をぱちくりさせた。
「えっと、毒島さん。これは?」
「最初は画鋲のはずだったの」
「画鋲」
「でも、それだと痛いから、とげとげしてるものなら一緒だろうって、クランチチョコを作り始めて」
「クランチチョコ」
「食べ物を靴の中に入れるのは不衛生だからって、こうして手渡しすることになったわけ」
「ごめんなさい。よく意味が分かりません」
ひたすら困惑する姫子を見て、美人というのは困り顔すら綺麗なのかとりんごは感心した。
マコトが校内一かわいいと評価したのもうなずける。
妃相手にそれを馬鹿正直に言ってしまうは論外ではあるけど。
「あんまり深く考えないで、お遊びのようなものだと思ってもらえれば」
お遊び、と言う言葉を聞いた途端。
おびえるように姫子の肩が震えた。
それを見て、りんごは言葉選びを間違ったことを悟った。
世の中にいるのだ。
遊びで本当の嫌がらせをする輩が、そして、えてしてそういう輩は目に付きやすい目立つ人間を標的にする。
例えば、一際目を惹く、校内でダントツでかわいい女の子に異物の入った贈り物をするとか。
「ああ、違うの白雪さん。これは、そう言うのじゃなくて」
「・・・・・・」
本当にこのクランチチョコは何の変哲もない妃手作りのクランチチョコなのだが、言葉を重ねるごとに口が空回りして、嘘くさくなる。
そもそもが、根底に嫌がらせという後ろ暗い事情があるのでなおさらだ。
「おお、りんご。めずらしいなこんな時間に登校してるなんて。
妃も嫌に早く家出てたし、二人でまたなんかしてんのか?」
「あっ、鏡君」
おかしな空気になりかけたところで、気の抜けた声がりんごの正面、姫子の背後からかけられた。
その聞き慣れた声に、りんごはほっとするとともに、少し恨みがましい気持ちになる。
こんなことになった原因は、そもそもこの声の主である鏡マコトだからだ。
マコトはりんごのそんな視線に気付いた様子もない。
「ん、白雪さん?りんごって白雪さんと仲良かったのか。
確かに同じクラスだし接点はあるか」
「えっと、あの、あなたは?」
「で、この装飾過多な包み紙は妃か。
ん~、ああ、分かった。俺がこの間言ったことか」
見知らぬ男子の登場に混乱している姫子を無視して、マコトは話を続ける。
それは、気になっている異性に対する態度では決してなかった。
「こないだ俺が、白雪さんがダントツでかわいいって言ったから、かわいさの秘訣を本人から聞き出そうって言う魂胆だ。
となると、その包み紙はそのための心付けってやつだ。
妃の奴、菓子作るのは昔から得意なんだよな」
マコトの言葉に、姫子がりんごの方を見る。
「そうなの?」と瞳が問いかけてくる。
「や~、実は、そうなんだ。鏡君よく分かったね」
なので、りんごは全力で乗ることにした。
「そのお菓子を一緒に食べながら放課後にお話でもどう?って誘う予定だったんだよ」
さりげなく自分も、一緒に食べると言うことで、お菓子に異物が混入していないことをアピールする。
緊張しかけていた空気が緩むのが感じられた。
「やっぱりか。悪いな。白雪さん俺が変なこと言ったばっかりに。
でも、りんごも妃もいい奴だから。
相手してくれると助かる」
「それは、構いませんけれど。
あの、先程も聞きましたけど、あなたは」
「そうか。そういえば。こっちが一方的に知ってるだけで、そっちは俺のこと知らないよな。
1ーAの鏡マコトだ。こっちのりんごとは中学時代からの友達だ」
「1年B組の白雪姫子です」
「うん。よろしく」
丁寧に頭を下げる姫子に、つられるようにマコトも頭を下げる。
接点のなかった二人が、りんごを起点に関係を作ってしまったわけで、やぶ蛇という言葉がりんごの頭をよぎった。
「んじゃ、俺はちょっと委員会の仕事あるから。
妃が変なことしたら呼んでくれ。すぐ行くから」
そう言ってマコトは廊下の先へと走り去っていった。
後ろ姿を見送るりんごと姫子の間に、妖精が通ったような沈黙が流れた。
「じゃあ、白雪さん。教室行こっか」
「そうですね。毒島さん」
「ごめん。できたら下の名前で呼んでもらっていい?」
「ええっと、でしたら、りんごさんで良いですか」
「おっけー。じゃあ、あらためて行こっか」
「はい」
教室までの間に姫子と話してみて、りんごは思ったよりも話しやすいなと感じた。
そして、りんごの渡したフリル満載の包み紙をとても優しく指先で撫でているのが、強く印象に残った。
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