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 薄暗い部屋の中でも、暗視機能がついた私の目には、マスターがどんな顔で眠っているのかが分かる。起きている時と瞼の開閉しか変わらないその寝顔は、起動前のアンドロイドを彷彿させた。  「おはようございます伊東様、朝です」  私がそう言うと、伊東様が起きるより先に、ブラインドが自動で上がっていった。日の光が部屋に差し込み、伊東様は元より薄い目を開けた。  「ああ」と上半身を起こしながら伊東様は言う。  「2月23日土曜日午前7時。天気は晴れ、気温は13℃。朝食の準備ができております」  「うん」  ベッドから起き上がった伊東様は、そのまま何も言わず、寝室を後にした。  伊藤様は無口だ。それに加え無表情なので、よくアンドロイドに間違えられている。アンドロイドらしさを性能面以外で競った場合、恐らく負けるのは私だ。私でもぎこちなくはあるが笑顔を作れるし、話を振られればそれなりに返せる。伊東様は顔色一つも変えないし、口数も少なければ声の抑揚もなかった。  なので私がこの家に来て一年、これまで会話という会話は一度もなかった。かといって、アンドロイドである私から話を振るのはおこがましいし、その必要もない。もしマスターが雑談を好む性格ならば私もそれに合わす必要があるが、伊東様がそうでないのは明白なのだ。  伊東様が出勤してからしばらく経った後のこと、今朝伊東様が履いていたスウェットパンツに、スマートフォンが入ったままになっているのに私は気づいた。こんなことは今まで一度もなかった。伊東様はああ見えてスマートフォンをよく触る。日々習慣づいたことを、慌てていたわけでもないのに忘れるだろうか。  腑に落ちないまま画面をつけてみると、案の定電話が一件、1時間前に来ていた。恐らく会社からで、掛けてきたのは伊東様本人だろう。  電話を掛けなおすため私は伊東様の虹彩に切り替え、画面ロックを虹彩認証で解除する。そうすると、画面はホームではなく、SNSに切り替わった。アプリを終了せず、そのまま画面を落としたのだろう。プライバシーのため、私はすぐにホームに戻り通話アプリを開いた。  しかし、一瞬だけであろうと私の視覚に入ってしまった以上、今のSNSの画面はメモリーに記憶されてしまった。しかも不運にも、画面には伊東様本人の投稿が映っていたようだ。  『やばいな。今日もアイちゃんが可愛すぎてまともに目も合わせられなかった…』  『てかアンドロイドに勝手にアイちゃんって名前つけてる俺、相当キモいな』  『本当はアイちゃんともっと色々話したいんだが、やっぱいざとなると緊張して何も喋れないな…』  『今まで恋愛なんてうまくいったことないくせに、よりにもよってアンドロイドに恋してしまうとは…』  『でも本当なのか。アンドロイドにキスをすると、そのアンドロイドはキスをした人のことを好きになるって噂…』  どうやら伊東様の性格を再認識する必要があるようだ。  ひとまず、私は電話を掛けなおすことにした。
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