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最終話
「ここなら大丈夫だ」
河川敷にかかる橋の下に、私たちはいた。
長い間走り続けたせいで、伊東様の息が切れている。それに私たちはずぶ濡れだった。
「伊東様、途中言うべきか迷ったのですが」
「うん」
「あのアンドロイド、初めから私たちを追っていませんでした」
「え」
あの時走り出してすぐ私は振り返ったのだが、あのアンドロイドはこちらを見るだけで追ってくる気配がなかったのだ。ただそれを教えてしまうと、伊東様は私を引っ張って走るのをやめる可能性があったので言わなかった。
「それより伊東様、わかっているのですか。私を逃がすことが、どういうことなのか」
「ああ」
「では、今すぐ引き返すべきです」
すると、伊東様が私に近づいてきた。まさか本当に引き返すつもりではないかと不安に思った瞬間、伊東様が私にキスをした。
「アンドロイドにキスをすると、キスをされたアンドロイドはその人のことを好きになってしまうらしい」
「伊東様のSNSに書いていましたね。ですが、噂だったのでは」
「噂だったか?」
無表情な顔でじっと私を見る。私は何て返すべきか機械が詰まった頭で考えた。
「どうやら噂だったようです。やはり私はアンドロイド。何かを感じるようにはプログラムされていません」
「そうか。別にそれでもいい」
「それでもいい、とはどういう意味ですか」
「さあ。とりあえずどっか泊まれる場所を探そう。君もその恰好じゃアンドロイドだとすぐにばれる」
「伊東様、君ではなく、アイちゃんと呼んでください」
「え……」
恥ずかしくて言えなかった。キスをされたとき、胸のあたりが騒がしくなったなんて言えなかった。
でも、いつかこの気持ちを伝えたいと私は思う。伊東様が私に言ってくれたように、私も好きですと伝える。そうすれば、私たちは所謂、カップルになるのだろうか。
そうなった状況を想像してみると、何だか私は楽しくなってきた。
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