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   夕食を机に並べ終えたタイミングで、伊東様が帰ってきた。  「おかえりなさいませ、伊東様」  「ああ」  「夕食の準備ができております」  「うん。……俺のスマホ」  「テレビの前の机に置いておきました」  「ああ」  いつも通りの伊東様だ。当然といえば当然、今までこうだったのだ。  あのSNSを見て分かったのは、伊東様はネットでは饒舌だということ。本当は現実でも会話を楽しみたいが、緊張して何も喋れなくなるらしい。  だとすれば、今までするべきではないと思っていたが、私から話を振った方がいいのかもしれない。  「伊東様」  「ん」とスマホから無表情の顔を上げる。  「伊東様は、今まで何回女性との交際経験があるのですか」  「……え」   伊東様は表情一つ変えることなく、ただそれだけを口にして固まった。無論顔には出ていないが、困らせてしまったのかもしれない。  「不躾な質問でした、すみません」  「ああ……」  「夕食、どうぞ冷める前にお召し上がりください」  「うん……」  どうやら私は話題選びを間違ってしまったようだ。人間同士での恋愛話は盛り上がるという認識があるのだが、伊東様はあまり好きでないのかもしれない。何か他にいい話題はないか。  伊東様が食事を終え、私も食器洗いが終わると、再び会話のタイミングが訪れた。伊東様は何故かただソファにじっと座っていたので、私が声を掛けようとする。  「1人」  突然、伊東様が言った  「伊東様、何が1人なのですか」  「付き合った人数」  そう言って伊東様は勢いよく麦茶を飲んだ。相変わらず声の抑揚はないが、伊東様が2文節以上の言葉を口にしたのはこれが初めてだった。質問の答えに1時間もかかったが、勇気を振り絞ったのだろう。  「それは、いつのことですか」  私は聞きながら伊東様の隣に座った。  「大学生のとき」  「どれくらいの交際期間だっだのですか」  「1日だ」  「あまり私は恋愛に詳しくないのですが、1日は短い期間という認識でよろしいのですか」  「ああ」  「では何故1日でお別れに」  「腑抜けだと言われた」  もし昨日の私がそれを聞いていたら腑に落ちなかったことだ。だが今はあのSNSから合点がいく。伊東様はかなりのネガティブ思考なのだ。  「彼女との初デートの時……」と伊東様は話してくれた。  「デートの時に俺が少し離れて戻ってきたら、彼女が不良たちにナンパされていた」  私は黙って頷く。  「俺はその時、彼女と目が合った。彼女の所に行かないと、と頭では思った。でも俺は不良たちを見ると怖気づいて、その場から逃げ出してしまった」  伊東様はやき酒を飲むように麦茶を飲みほした。  「意外と思うだろうが、俺はこう見えてものすごく臆病で小心者だ。今だって緊張で心臓がどうにかなりそうだ」  「ですがその分、伊東様は優しいです」  伊東様が私に顔を向けた。  「いいや。優しかったら、あの時も彼女を助けられた」  「そうかもしれません。ですが、優しさの形はそれぞれです。今朝、私が間違えて定時通りに伊東様を起こしてしまったことに関して、伊東様は何もいいませんでした。それは少なくとも優しさではないのでしょうか」  私が自分のミスに気づいたのは、夕食を作っている時だった。突然、6時に私のアラームが鳴りだしたのだ。Bluetoothで接続した伊東様のスマートフォンで専用アラームを設定すると、その時刻が来たら私のアラームが作動するというもの。これがシステムの不具合なのか、午前と午後が逆になってしまった。  伊東様は今朝から気づいていたはずだが、アンドロイドの私を気遣い焦った様子をおくびにも出さなかった。だが内心慌てていたのは、スマートフォンを忘れていたことから察しがつく。  「あれは……」と伊東様は口ごもる  「なので、そこまで悲観的にならなくても良いのでは、と私は思います」  伊東様は無表情で感情を汲み取ることは難しかったが、「ありがとう」と私に言ってくれた。  「それでは、家事に戻らせていただきます」  「あ、待った」  立ち上がろうとするのを、伊東様は私の腕を掴み止めた。  「どうなさいましたか」  伊東様は無表情。だが目は真っ直ぐ私を見て離さそうとしなかった。私の腕を掴む力が、力んだり緩んだりを繰り返す。  そんな時間がしばらく続いた後、ついに伊東様は口を開いた。  「好きだ」
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