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とあるローカル局で、超低予算77万円で作られた2時間番組があった。
局内では少数の制作スタッフ以外は誰も期待して居なかったそれは、番組終了後からレギュラー放送してくれという視聴者からの電話が鳴りやまず、ゴールデンタイムの金曜の夜9時から1時間の帯番組にまでのしあがった。
これは日本人が妙な所でこだわりが強い、という国民性を意図せず海外に知らしめてしまったようなモノであるが、OTAKUという文化を世界に認知させた国なので今さらである。
「おーい、加代子、そろそろ始まるで」
とある都市に住む久保山家。
世帯主である久保山圭介(50)は、妻の加代子(46)と息子の圭一(19)を呼んだ。
自分は既に風呂から上がって缶ビールと柿ピーを準備して待機中である。
息子から教わってようやくまともに使えるようになったスマホもスタンバイ状態だ。
「いややーもうそんな時間なん? まだお風呂もこれからやねんでアタシ」
「オカン長風呂やねんから、見終わってからの方がエエんちゃう?」
「せやせや。慌ただしなるで」
「そうやねえ」
よいしょ、と居間のソファーに座り、あ、忘れとったわ、と加代子は冷蔵庫まで戻り、キノコ系お菓子を取り出すと、烏龍茶をグラスに注いで帰って来た。
「……汚ないわオカン自分だけそんなん。
タケノコ系は買って来てないんやろどうせ」
圭一がビニール袋を剥がしてポリポリとキノコ系お菓子をつまみ始める母親に文句を言う。
「当たり前やろ。先週の≪キノコ系お菓子VSタケノコ系お菓子≫では負けてもうたけど、アタシはずっとキノコ系を応援するて決めてんねん。
マイノリティマイノリティて父さんといじめとったクセに、何や欲しいん?
キノコ様をくーだーさーいー言うたらあげてもええよ」
「ホンマ腹立つわあ……絶対に言わん」
「ほれ、始まるて。静かにしいや」
圭介がテレビの音量を上げた。
「はい、【バーサス!】のお時間が今日もやって参りました。皆様こんばんは、司会のシメサバ五郎でございます。今夜もアツい思いを抱えた代理人の方々がいらしております」
落ち着いた声でいつものようにスタートする。シメサバは余りぱっとしない芸人だったが、この番組の司会を任されるようになって一気に知名度が上がって人気も出た。忙しくなっても「この番組だけはずっとやらせて欲しい」とギャラ据え置きで出ているらしい。
【バーサス!】は文字通り対決番組である。
飲食物限定である。
一般視聴者にネット上で対戦相手を公表し、そのモノに対する限りない愛を持った一般視聴者を募集、当日いかに自分の『推し』が相手より素晴らしいのかをアピールし、最後は視聴者のスマホやPC、テレビのデータ放送からの投票で勝者が決まる、いわゆる視聴者参加型番組である。
勝者には推しの詰め合わせセットなどが贈られるだけなのだが、それでも参加希望者が後を絶たない。
5分で勝負が見えるモノもあれば、最後に大どんでん返しが起きる事もあり、シンプルな内容ながらも目が離せないのである。
「本日の1番目の対決は、シジミVSアサリ。では、アサリの代理人の方からお願い致します」
「はい!」
東京都:イタリアンシェフ・藤原(35)とテロップが出た。
藤原はいかにアサリが栄養があるか、また料理にも使いやすいかなどを例を上げてプレゼンしてくる。
「アサリは酒蒸しも旨いし、焼いて醤油かけて食べるとまた旨いしなあ」
圭介は柿ピーをつまみながらビールを飲む。
「パスタにも合うやん。シジミはちっさくて食べづらいねん」
「ホンマやわ」
加代子と圭一もアサリ派のようである。
母親が美味しそうにキノコ系お菓子を食べているので、負けじと自分は部屋から非常食のポテチを持ってきた。冷えたコーラも一緒である。
「人が食べとると美味しそうに見えるんよねえ……」
パリパリとポテチを食べる息子を眺める加代子。
「大変申し訳ありませんが、そのポテチ様を恵んでくれませんかー言うたらやるで」
さっきのお返しとばかりの圭一の台詞に、
「やだやだ大人げないわー自分。結構ですー」
とテレビに視線を戻した。
久保山家では、投票の際に加代子がテレビから、圭介と圭一はスマホからの投票をする事にしている。
「アカンわー、シジミ不戦敗かも知れん。シェフ言われたら食いもんのプロやんか。シジミの代理人の人かなりのオバチャンやで? 無理無理」
圭一はスマホを取り出して投票サイトにアクセスした。
「もう投票するんか。まだどんでんあるかも分からんでえ」
「ないわ。オトンかてアサリやと思っとるやろ?
それにどうせ貰うならアサリの方がええわ」
ポチ、とアサリに投票した圭一に、確かに不利だけどもシジミの代理人の話を聞かんとなあ、と圭介はスマホを持ちそうになる自分を抑えた。
ちなみに勝者に投票した視聴者の中からも抽選でその品物詰め合わせが当たるのである。
「はい、アサリ代理人の藤原さん、ありがとうございました。──それではシジミ代理人の方、お願い致します」
島根県:主婦・山本さん(58)のテロップを見て、加代子があーやっぱり島根やねえ、と呟いた。
「何ややっぱりって」
「ほら、宍道湖あるやないの。シジミの産地」
「あー、難しい読み方させる湖な。
ずっとシシドウコだと思ってたわ俺。あれでシンジコとかよう読めんわ」
山本は、オルニチンという肝臓の機能を助ける栄養素が沢山入ってるとか、二日酔いにみそ汁飲めば効果的だとか説明をしているが、正直アサリほど料理のバリエーションが少ない。一般家庭ではせいぜいみそ汁にするか炊き込みご飯や佃煮位である。
「うーん、確かにみそ汁は旨いけども、ちいとアピール弱いなあ」
「そうやねえ」
アサリの圧勝は覆らないか……と圭介がスマホを握った時、山本が私は御礼を言いたい、と頭を下げた。
「こんな小さい貝を食べられるモノとして見つけて下さった先人の方に、私は心から感謝しています。
小石と間違えられて無視されてもおかしくないほどの小さな貝を見つけ、美味しく頂ける方法まで試行錯誤で発見して貰えて、シジミが好きな人間には嬉しい限りです。
……そして、私はそんな地味で目立たないけれど、でも縁の下の力持ちとして健康を一生懸命守ろうとしてくれるシジミに、日本の母のような包み込む優しさを感じるのです。本当に、本当にシジミを世に出してくれた方、ありがとうございました」
また深く頭を下げた山本に、圭介は思わずグッと来てしまった。
「……アカンわ……日本の母を持ち出すの卑怯やわぁ」
加代子がリモコンを手に取り『シジミ』をポチっと押した。
「いやあ、一気に山本さんのバックに昭和の日本の風景が広がったわ。
シジミ界のスナイパー来たわ。心を捕獲されましたーってな」
圭介もシジミをポチリとして圭一を見た。
「アサリ派、クーデター起きるんちゃうか?」
「勘弁してえな。あんな人情味の飛び道具出されたらお手上げや」
案の定、CM明けのジャッジメントではシジミの勝利が決まった。
次の対戦はフランスパンVSロールパンで、ロールパン代理人のメガネ高校生が、
「フランスパンさんは、フランスでクーデターとか起きたり何らかの事情で国の名前が変わったりしたらどうするんですか?
パンピラピヘニョエッタ国とかになったら、パンピラピヘニョエッタパンに変わるんですか?
その国を代表するパンですもの、変えますよねえ。
ロールパンは、常に巻いて焼かれての一本気スタイルでロールパン、これは何があっても変わりません。
そういった意味では、いつ名前の変動があるかも分からないって言うのは、アイデンティティーの観点から言ってもどうなのかなって感じます」
という豪速球を投げ込んできてロールパンの勝利が決まった。
「いやー、そこ言っちゃう? って話やったなあ」
「でもフランスパンだけやんね国の名前がついとるんは。他にもあるのかも知れんけど、パン屋で見ないし、知らんもんなあ」
キュウリVSズッキーニ対決は、
「そもそもキュウリの仲間みたいに思われてますけど、ズッキーニはカボチャの仲間っすからね、一緒にされるのも何だかなあって思うんす」
というキュウリのぬか漬けが大好きな大工のお兄ちゃんが一刀両断して勝利した。
「今日もアツい戦いやったなあ」
飲み干した缶ビールの缶を既に行こうと立ち上がった圭介は、次回予告で目を見開いた。
加代子と圭一も同様である。
「……全面戦争やぞ、つぶあんVSこしあんは……」
「オトン、それよりウナギVSアナゴの方がアカンやろ」
「アホな事を言いな、たらこVS辛子明太子まであるやん。これは激アツや。
ま、アタシは辛子明太子一択やけど……来週の晩ごはんはアナゴの押し寿司買うてこか」
「ウナギでもええやん。俺ウナギがええわオカン」
「ウナギは高いねん。贅沢言うたらアカンで」
この番組が始まってから、家族の会話が格段に増えたのが圭介には幸せだった。
今日も久保山家は平和である。
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