待宵草

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「それじゃあ、カンファレンスを始めます」 ホールに簡易テーブルと椅子を並べて、定時後に始まった会議の場に腰を下ろす。 相変わらずのマイペースのケアマネはのらりくらりと最後に座ってそう言った。 「みんなもそう思ってるだろうからあえて言うけど、早く終わらせよう」 いつもの台詞。 定時を過ぎてるからの気遣いなのかもしれないけれど、腹が立つ。 カンファレンスは一ヶ月に一度しかない。 だからスタッフ同士の意見交換、介護にあたっての問題点の洗い出し、これからのアプローチの方向性を考える大事な場だ。 簡単に済ませることなんて、無理。 ため息をつくのは私だけじゃない。 ちゃんと入居者と向き合っている人はみんな同じ考えの筈なんだ。 淡々と資料を読んで、てきとーにアプローチを変えればいいことなんて無い。 何度でも言うが、相手は人間。 その日の気分や体調、その人の状態で計画的な介護なんて出来ない。 「この人最近トイレに行ってくれなくて…」 一人のスタッフがそう言うとケアマネは同意する。 「分かる、分かる。俺が声かけても動いてくれないんだよね」 じゃあさ と安易な提案。 「トイレ誘導無くして、リハパンとパット交換にしようか」 リハビリパンツ、つまりは大人用の紙パンツ。 「はぁっ?!」 思わず勢いよく立ち上がる。 ついでにケアマネを睨み付けた。 「その人はまだちゃんと歩けるし、声かけ次第でトイレに行けます。少し時間ずらして、何度か声かければいいじゃないですか!」 .....やってしまった。 そう思ったのは勿論言った後で、私は一睨みされると席に座り直した。 感情的になっては話は上手くまとまらない。 分かっているのに、どうしてか私はいつも、いつも冷静でいられない。 すぐに感情に流される自分が大嫌いだ。 「やっちゃったねぇ…」 帰り際に先輩でもある看護師に声をかけられた。 「やっちゃいました…」 「まぁ、気にすること無いよ。私もまだ早いって思ってたから、声かけの回数増やすのと職員交代で声かけでまとまったんだからいいじゃない」 「...結局リハパンには変わり無いですけどね」 慰めてくれた先輩を困らせるつもりは無かった。こだわるのも良くないことだけれど、つい口走ってしまった言葉に彼女も苦笑する。 「まぁ、いつかは履くことになるから」 その言葉は胸に刺さった。 そうだよ、いつかは履くものよ。 けれどそれは本人の意志も無しに他者が決めることじゃない。 一番ショックを受けるのは家族でもスタッフでもなく、本人の筈なんだ。 「あ」 「何、どうした?」 私は慌てて引き返して、施設の入居者に出来るだけ丁寧に説明をした。 「そうなの、そうだよねぇ、歳も歳だからねぇ」 その人は笑って承諾してくれた。 その笑顔が、なんだか悲しそうに感じたのは私だけ。
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