1389人が本棚に入れています
本棚に追加
/401ページ
最後に会ったのはいつだっただろうか。すでに落ちそうな思考の隅で呟く。もはやぼやけそうになっている朝佳の容姿を思い浮かべた。
黒い髪が揺れる。それと同じく黒い睫が物憂げに揺れる。睫に覆われた瞳が鋭く光っては俺を射抜く。ただそれだけの映像がスローモーションで焼き付いていた。
瞼の裏に刻まれている記憶は鋭く、瞬きするとあっけなく消えた。
暗闇に慣れた目で天井をなぞって息を吐く。また無意味に寝返りを打って、いつまでも切れては鳴り続けているスマホに手を伸ばした。
「……うるせえ」
通話を選択してまずはじめに出た一言には、たっぷりとため息が混じった。
いったいこいつらは何度俺を幻滅させる気だろうか。このクソうるさいセミよりも俺の睡眠を妨害してくる人間がいると思うとほとほと呆れた。
『マイスウィートハルチーーー!!! お前、出んのおせえよ!!』
俺の呆れ声に慣れている連中は、怯むことなく俺の耳に場違いな音量をぶち込んでいた。
狂ったようなテンションの声に「シンかよ」と呟くと、リップ音らしき何かが耳に突き刺さって、反射的に通話を切った。
切ったままホーム画面に時刻を確認して頭を抱える。
二時十二分。
俺はいつからこんな非常識な時間にホモの電話に対応しなければいけない人間になってしまったのだろう。切なすぎる事実に眩暈がした。
最初のコメントを投稿しよう!