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赤が視界に揺れる。その色の強烈さを感じながら、あることを思い出した。
それは、唐突に。
俺と朝佳が初めて顔を突き合わせたあの日、朝佳はなぜ俺のカギと煙草を持っていたのだろう。その疑問は未だに解決されていない。
朝佳に接触する一番の理由を忘れていたことを今更に思い出して笑えた。
今ではその理由もどうでも良くなって、ただ、あいつに会うための口実を探している。
スマホを見る。それでも朝佳からの連絡はない。
あるのは慎之介とキホからの鬼のような着信履歴と初期設定に戻したディスプレイだけだ。
そう、確認して、俺はもう一度地面を蹴った。今日連絡がなければ、もう一度かけようか、と考えていた。
だが、俺の足が半地下のカラオケ店に辿り着いたとき、その目論みは果たされることなくあっけなく消えた。
「……は?」
いつもと同じカラオケのいつもと同じカウンターに、良く知った顔がある。正確に言うと良く知ってはいないのかもしれないが。
「いらっしゃいませ」
高くも低くもないテンションで声を放ったそいつは、俺の顔を見るとそれはそれは綺麗に微笑んで「こんばんは」と声を張った。
その顔は、俺が良く知るもののようで全く違う。
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