シアターリスト 「永遠と瞬間」

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全くかみ合わない会話は、現状の俺と朝佳の関係のようだ。 思って一人で笑えた。 朝佳は俺を拒絶する姿勢を崩さない。 そのくせにこいつの生活は、俺の生活と微妙なところで交錯していた。それは、俺と朝佳があまりにも違いすぎるからこそ起きる交錯なのかもしれない。 何も言っていないのに、朝佳はカウンターの下から銀色の灰皿を取り出して俺を振り返る。そのままもう一度「ご案内します」と笑って俺の足を誘導した。 店内では最近流行っているらしい女性シンガーのバラードが流れていた。狂ったように寂しさを歌い続けている。それにもかかわらず、相変わらず明るい店内は場違いを起こしているようにさえ見えた。 綺麗に笑いながら淡々と俺を導く朝佳は、俺が何を言おうとも口角を上げ続けている。完璧すぎるまでのオンオフの切り替えには笑えた。 「朝佳」 「……」 「朝佳」 「……」 「朝佳ちゃん」 「……こちらが9号室でございます」 結局俺の声を完全に無視した朝佳が、ルームの前で足を止めて振り返った。その先には照明を落とした部屋があって、更に言うと今日もTRAIN-TRAINが流されているようだ。 告げてもいないのに辿り着いた部屋は確かに俺が行くべき部屋だった。 さっきまでの義務感はあっけなく霧散して、とっくにその部屋の中のことなど、どうでも良くなっている。 朝佳は一向に部屋に入ろうとしない俺を相変わらず笑顔で見つめていた。その顔を乱したいと思うのは普通じゃないのだろうか。 「朝佳」 もう一度呼んで、何の反応もない朝佳にまた笑えた。こいつはシカトが得意技なのかもしれない。だとすると、そのスカした顔を揺らしたい。 仮面のように張り付いた笑顔を引き剥がしたい。
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