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巨大な門の前で立ち止まった朝佳が振り返る。そのまま呆然と突っ立っている俺を見上げて「ここまででいいから」と呟いた。
ここまででいいからもクソもない。ここまでなら、俺はただ自宅方面へと向かって步いただけだ。
この先の直線上にあるマンションを視界に捉えては、また苦笑いが漏れた。
「家まで送る」
「面倒だから良い。っていうか、もう朝だから」
送ると言われて面倒と返す女を初めて見た。
恐れなく、真っ直ぐに俺を射抜く瞳が黒く光る。朝佳との間に隔たるこの1mの距離は、どれほど遠いのだろうか。
手を伸ばして、朝佳の細い腕を引けば、今にも手に入れられそうな距離だ。そのくせに、朝佳の瞳に映る俺は随分と遠い気がした。
そう考えて、また嘲笑しそうになる唇を無理に引き結ぶ。
朝佳にとっての俺は、送ると言われて、わざわざ学校へ誘導したくなるほど家を知られるのも嫌な男らしい。現実が突き刺さっては目を逸らした。
強烈に嫌われている気配はあるが、自分が何をしたのかわからない。
慎之介との関わりあい方があまりにも気持ち悪いからなのか、それとも俺が時間にルーズなのが悪いのか。
悪癖ならいくらでも思い浮かぶくせに、そのどれもが、朝佳に嫌われる理由としては、釈然としないように感じるのはなぜか。
「イイコは寄り道しないで家に帰る時間だろ」
「イイコは今から学校なの」
「てめえに夏休みはねえのか」
「自学自習期間なんじゃない?」
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