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睡眠時間を惜しんで、自宅に帰ることすらしていない人間相手にこれ以上悠長に会話を続けるべきでない。
朝佳の状況を勝手に判断した俺を察したのか、朝佳はためらうことなくヒールを鳴らして、朝日が突き刺さる地面を進んでいった。
「春哉」
さくさくと歩いていた朝佳の足取りが止まる。それと同時にこちらを振り返って、真っ直ぐに俺の目を見つめてくる。
俺の中の間宮朝佳の認識は、全貌の見えない人間から、多忙な女だというところまで変わった。
その先に何があるかは分からないが、俺はもう、勝手にこいつの人生に関わることを前提として、その姿を見つめ返している。
「なんだ」
「……送ってくれてどうもありがとう」
遠目から見ても、朝佳は軽く微笑んでいた、ような気がした。
俺の返答を聞くでもなく門に消えた朝佳の残像に息を吐く。嗚呼、と意味もなく呟きそうになって唇を引き結んだ。
アイツは何なのだろう。
何のつもりなのだろうか。近づいたり遠ざかったり、俺に思考する隙を与えぬような展開をいくつもあっさりと作ってくる。
天然なのか、それとも男の気を引く作法なのか。おそらく前者だと思い込んでいる時点で、俺は朝佳に引っかかっている。それが故意であったとしても、なかったとしても、だ。
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