メンバーリスト 「ディスタンス」

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ベランダに出て、朝の柔らかな日差しに目を瞑った。 時間の感覚が歪んでいる。 今まさに眠った女を見たばかりで、社会が動き出した時間とは思えなかった。朝佳はいつもこんな生活を送っているのだろう。いつ体調を崩しても可笑しくない。 煙草を銜えて、火を点ける。久しぶりに煙が肺を充満する感覚を味わって、ゆっくりと吐いた。 ため息のように流れる白が朝日に揺れて、じんわりと馴染んでいく。ただその様を見届けていた。 今日の講義はなんだろうか。朝佳は何か取っているのだろうか。俺はどうでも良いが、朝佳が出るならば、引率するべきだろう。 「親かよ」 無意識に独り言が出て、自分で笑えた。 まさに過保護な親のようなことを考えている。そうでもしないと、あいつはいくらでも無理をする。 爽やかな風が吹いてくる。優しい風に、金木犀の香りが漂っていた。 もう秋だ。 いつの間にか初夏も夏も通り過ぎて、秋が深まり始めていた。俺と朝佳の間に名前の付いた関係はない。そこには進歩も後退もなかった。 それでも、今俺の指先に残る熱は確かに朝佳の物だった。 少し高い温度は、朝佳の病状を物語っていて、また俺の関心を、根こそぎ奪っていく。これが計算だとしたら、俺は一生敵わないだろう。
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