2 舞

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 一切れを淋の口に入れてあげる。淋は「うーん、おいしい!」と幸せそうな声を上げて、隣に置いてあった()(どう)(しゅ)に手を伸ばした。 「舞ちゃんお酒はダメかな?」 「お、お酒? うーん、飲んだことはないかも」 「じゃあ今日試してみて。度数あんまり高くないから」 「お前、飲むのはいいけど、ほどほどにな」 「もう、分かってるって」 「ねぇー、もういっぱい、もういっぱー!」  淋が杯を掲げて叫んでいる。これは酒というよりジュースに近いものだけど、この子は体が小さいせいか、数杯飲んだだけでよくも(めい)(てい)する。  「あら、甘くておいしいねっ」とちびちび飲んでいた舞は部屋に行ったきり戻ってこない。眠ってしまったようだ。 「お前、酔ってるぞ」 「ああん? んなわけ、ないでしょ……」  淋はこちらを睨んでは、僕の膝に頭を乗せて寝転がった。なんとなく頭を撫でると、気持ちよさそうに目をつぶる。束の間の静寂を、止みかけの雨が穏やかに満たしていく。 「舞の様子はどうだ」 「まいちゃんー? ほんとーによくやってくれてるよ。あたしが言ったでしょ? 人をしんじるのも……だいじだって」 「その通りだ」 「やっぱり、あたしの目にくるいはなかったってことね!」 「…………」  君の目が狂っていたら、この世界を狂わせるまでだ。  しばらくして淋は静かに目を開けた。月のかかった夜空を眺めながら、そっと尋ねる。 「雨人って、なんであたしをつれてきたの?」  あるいは、初めて訊かれる質問だった。孤児院に行ってみて思うところがあっただろうか。 「お前が一番、可哀想なツラしてたからだよ」 「雨人がひろってくれなかったら、今ごろなにをしているんだろう、あたし」 「…………」 「じつはね……ゆめを見るんだ。――ねぇ、きいて? なんできいてくれないの! この!」  淋がパッと起き上がって全力で肩を揺らしてくる。その弾みで手に持っていた酒が零れ、手を伝って床に滴る。 「聞いてる」 「空を見上げたらさ、くも一つない青い空がひろがっててー」 「…………」 「それがとーってもきれいでさ、ずっと見上げてたいのに、あんたがあたしをひっぱってんの。でさ、あーこいつじゃまやんっておもったんだよね。ぷはは!」  何がそんなに可笑しいのか、僕の腕をバシバシと叩きながら笑い出す。  青空が綺麗だった日、か。君がそう言うなら、それでいいだろう。 「どー? おかしいでしょ?」 「馬鹿馬鹿しい」 「でもね、おんなじゆめを、なんども見るんだ」  杯をあおる。中身はほとんど残っていなかった。 「あー! めっちゃこぼしてるー! なにやってんのもう、もったいないじゃん。うわ、びしょびしょ。もう、かたづけるのはいっつもあたしなんだから!」 「すまない。……酔ってるみたいだ」 「ほら、ぬぐってあげる」  淋が雑巾を持ち上げて僕の手を拭ってくれる。腕に触れた淋の小さい手は、いつもよりも温かった。 「ホント、あたしがいないと……なんもできないんだから……」  それを最後に、淋は僕に寄りかかって静かに目を閉じた。もう雨も止んでいるし、この辺で終わりにしよう。ここで寝られたら困る。 「寝るなら部屋で寝ろ」 「う……やだー」  「さ、おんぶ」と促しても動こうとしなかったので、「じゃ、勝手にしろ。僕は寝るからな」と立ち上がると、今度は足にすがりついてきた。 「ああーいかないでー雨人ー……」 「はーなーせー」 「いーやーだー」 「えっ……」  酔っ払いと揉めているところ、後ろから舞の声がする。喧騒に目が覚めたようだ。まあ、ちょうどいい。 「お、舞。悪いけど、こいつを部屋まで運んでくれ」 「あ、はいっ。淋ちゃん、精霊師様が困ってるよ。さ、部屋に行こう? よしよし」 「うう……」 「あ、私が片付けますので、お先に休んでください」 「ああ、すまない」  淋を部屋に運ぶのを見届けて僕も席から立ち上がる。その時、ふと気になることがあった。 「舞」 「はい。なんでしょう?」 「君は……」  言いかけて、迷う。こんな問答に意味なんてないかもしれない。しかしそれでもなお、本人の口から聞いておきたかった。 「君は、幸せか」  僕の突然な問いに舞は目を瞬きさせた。そして思うところがあったのか、俯き加減になる。 「その、実はこの前……怖い夢を見たんです。親に虐待されて、愛する人に捨てられて……。ふふ、おかしいですね。私はずっと、孤児院で育ったのに……。でも、夢の最後に精霊師様が出て、こう言ってくださったんです。夢の終わりだ。現実に戻れ。そして、幸せになるんだ、って」 「…………」 「すみません、いきなり変な話しちゃって」 「いや、言ってくれてありがと」  言い終えた舞はスッキリしたように、明るい笑みを浮かべた。 「だから実は、私から伝えたかったんです。心配しないでください。私、とっても幸せです!」 
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