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さて、僕はこの件にどこまで干渉するべきだろうか。淋は鈴のことを実の姉のように慕っていた。鈴がそんな目に遭ったら、それはこの子にとって取り返しのつかない傷になるはずだ。それだけは阻止しなければならない。
「聞こえないか」
いや、焦るな。まず事実関係を確認したい。これが杞憂だといいんだが……。
「淋」
「キャッ」
何を驚くんだ?
「淋、鈴に話がある」
「またいきなり……。なんの話?」
「子供にはまだ早い。君はここで待ってろ」
「あっそ。いってらっしゃい」
素っ気なく挨拶する淋を残して鈴の部屋に向かう。最近、淋は子供扱いをされると拗ねるようになった。今は法律上まだ子供という理屈で合法的に子供扱いをしているんだが、そう言っていられるのも今のうちだ。今秋、淋は成人を迎える。
「え、雨人さん……? えっ、お久しぶりです。こんなところまでどうしたんですか? 淋ちゃんは――」
挨拶を交わす余裕などない。人差し指を口元に当てると、鈴はハッと口を閉ざした。
「手を」と差し出した手に鈴の手が添えられる。昼の言葉は鳥が聞き、夜の言葉は鼠が聞くという。用心して損はないだろう。
僕は立てた指をそのまま鈴の手の平に滑らせた。
――トツゼン スマナイ ショウジキニ コタエテクレ
丸。
――ニンシン シタコロ
少し躊躇って、続ける。
――ホカノ オトコトモ ネタカ
鈴の柔らかい手の平に不相応な、重苦しい問いを残して右手を下ろす。違って欲しいけど、多分、違わない。彼女は答えずにいたが、部屋を訪れた不気味な静寂こそが事の顛末を語っていた。
溜め息をつく。
――フタゴノ チチオヤガ チガウ
「えっ⁈」
――ボクヲ シンジルカ
沈黙の間を縫って鈴の動揺が伝わる。あるいは、ずっと前からそのことが気がかりだったのかもしれない。
やがて鈴は涙声を零した。
「私……そんなつもりじゃ……。いや、私、どうしたら……」
「…………」
理由なんてどうだって構わない。問題は、どう解決するか。
僕はそのか細い解答用紙に一字ずつ答えを書いた。
――ミズコ
このまま放っておくと遅かれ早かれ気づく人は出てくる。家族まで疑心暗鬼になったらもう取り返しがつかない。が、今ならまだ間に合う。腹の中の子を過去の過ちと共に流せばいい。鈴はまだ若いし、これから子供なんていくらでも作れる。
しかし鈴の返事は、あるいは僕が彼女から初めて聞くような、そんな不慣れなものだった。
「できません」
「鈴」
「どうか、お願いします……。どうか……」
眉間にしわを寄せる。徊徃を取り除けば胎児は発生を止めて死滅する。その後、また新しい子を宿せば何の問題もない。まだ産まれもしない細胞の塊だ。何を恐れているのか。
「雨人さん……!」
『雨人さん――!』
一瞬、鈴の声に榎原さんの声が重なる。いつも僕を正しく導いてくれた、あの厳しくも優しい声。榎原さん。僕はまた判断を誤ったんですか。
もしそうなら、僕とてあまり強引な手は使いたくない。ここは一旦話を受け入れて、淋の意見を聞く必要がありそうだ。
――ヨテイビヲ
鈴は『二ヶ月』とだけ書いた。かなり差し迫っている。
――ホウホウ サガス ホショウハ デキナイ
「あ、ありがとうございます……!」
鈴の切実な顔に、とぐろを巻いていた罪悪感が心臓を噛む。
鈴。君に礼を言われる筋合いはない。ただ僕には君を不幸にさせない必要があるだけだ。淋が君を、大切に思っている限り。
――レンラクスル
鈴の挨拶を後ろに部屋を出る。深く溜め息をつき、一度伸びをした。
これは、いささか面倒なことになりそうだ。
「誰も来なかったよ。安心して」
横から淋が声をかける。見張りをしてくれていたようだ。
「ご苦労。――淋」
「うん。なに?」
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