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「邪魔してごめん……。もう静かにするね」
淋がバツが悪そうに笑う。無駄に気を遣わせてしまったか。僕がもっと早く方法を見つけていればと内心悔やむ、その時だった。霧のかかった頭の中に一筋の光が閃く。
「いや、待て」
「え?」
その手があったか。無理に事実を変える必要はない。周囲の目を欺くだけでいいんだ。この方法なら、鈴を助けられるかもしれない。やっと見つけた。
僕は興奮のあまり立ち上がり、淋の手を握った。
「よくやった、淋」
「え? え?」
その夜。僕は冰寢の作用に注目した。
冰寢は冬眠に導く精霊である。まだ春が来ないうちに目覚めてしまった熊などを再び眠らせる時に使われるので、麓の精霊師には馴染み深い。冬眠しない動物に無理やり取りつけると一時的な仮死状態に落とす。
僕が立てた作戦は次のようなものだった。
腹の中の子は二人。血筋を確認する手段はいくつかある。それで片波家の嫡子と私生児を識別する。
私生児は冰寢を使って死んだことにさせ、素早く埋葬する。産婆を買収して淋を立ち会わせば無理はないはず。
通常、水子や死産児はその姿を家族には見せないことになっている。子供を亡くした家族の悲しみを軽減させるためであるが、そのおかげで周りの人に赤子の特徴を捉えられずに済む。
そして闇に紛れ墓を掘り起こし、冰寢を取り除けば赤子の命を確保できる。二ヶ月後は小満の辺り。凍え死にすることはないだろう。
若干の不確定要素はあるが、まあまあ穏便な方法だし、これで皆、最悪の不幸を回避することができる。
私生児は孤児になる代わりに死を免れ、
片波家は子供を一人失う代わりに家庭の崩壊を免れ、
僕は面倒事に巻き込まれる代わりに淋を悲しませずに済む。
各自、それくらいの不幸ならどうにかしのげるはずだ。
翌朝、僕は淋に計画を伝えた。喜んでくれるだろうという期待とは裏腹に、淋は少しも霽れないまま、ぽつりと呟いた。
「じゃ、その子は……その後どうなるの」
「孤児院に送れば、死なない程度には面倒を見てくれる」
口を出た言葉が乾いた空気をかすめていく。耐え難い沈黙の中、淋は必死に涙を堪えていた。
「……うん、分かった。あたしにできることがあったら手伝うよ」
「あんたが言うと逆効果なんだよ」ということで、鈴とのやり取りは淋が直接行うことにした。それにもし誰かが鈴の心に寄り添う必要があるのなら、淋以外に適任者はいないだろう。
やがて鈴からも同意を得た僕は、錠剤作りに取り組んだ。
錠剤を作ること自体はさほど難しくない。基本的には、細かく砕いた白土と精霊を浸透させた水晶の粉末を一緒に練って生地を作り、打錠して錠剤とし、熱を加えて固めるだけだ。
浸透を除けばそこら辺の娘でもすぐ覚えられる簡単な仕事だが、当然、その浸透された精霊こそが錠剤の効果を決定する。
ただし精霊はその力を正確に測ることができないので、的確な効果を出すためには何より精霊師の経験と感覚が重要になってくる。
問題は、僕が今まで冰寢で錠剤を作ったことがないということだった。
「最近、猫が減った気がするんだよね」
ある晴れた日の朝。餌やりを終えてトボトボ戻ってきた淋が溜め息交じりに零す。
「またそれか」
「いや、今度はホントだって! 毎日来てくれてた子も急に来なくなったし、どうしちゃったんだろう……」
「所詮は野良猫だ。どっか旅にでも出たんだろ。あまり情をかけるな」
「……仕方ないってのは分かるけどさ、やっぱりいなくなるのは淋しいね」
淋は窓を開けて風を入れ込んだ。大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。
「うーん、いい風。今日は天気もいいし、今ごろ可愛いメス猫でも追っかけてるのかも。ふふっ、元気にしてるといいな」
裏庭の向こう側にある雑木林に向かう。淋は一度眠ると朝日が昇るまでは二度と起きない。だから夜は、行動しやすい。
入口から北に百歩。西に五十歩。そしてまた北に百歩。穴の前に着き、猫の死骸を放り投げる。これで14匹。僕は14の命と引き換えに、今日、薬効の調整に成功した。
生ぬるい風が木々の間を吹き抜ける。ざわざわと葉鳴りが響き、死臭が重く漂う。
悪寒が走る。夜の闇が僕を睨んでいる。
淋。君は僕を許さないだろう。
震える手を動かして懐の木箱を開け、取り出した銀粧刀を胸に抱える。この世に最後に残った、お嬢さんの証。
許してもらえなくてもいい。君を守る。お嬢さんとの最後の約束。誰にも邪魔はさせない。たとでそれが、君であっても。
それが僕の、責任。
吸い込まれそうな夜の底。僕はシャベルで穴を埋めた。
「ね、ねぇ! 雨人! 起きてってば!」
早朝から淋に叩き起されて重い瞼を開ける。最近はほとんど眠れていない。
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