お品書き【四】 おはぎ ~別れるその日まで~

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お品書き【四】 おはぎ ~別れるその日まで~

雨天様のお屋敷にお世話になり始めてから、十日が過ぎた。 ここでの生活は規則正しく、毎日が驚きと戸惑いと笑顔の連続で慌ただしいけれど、まるで自分の家にいる時のように居心地はとても良かった。 おばあちゃんの家を手放す前にあそこで過ごしたいと思って、金沢に来たはずだったのに……。 その気持ちは変わっていないものの、このままここにいたいという気持ちも拭えない。 もちろん、そんなことは叶わないとわかっているからこそ、いつ来るのかわからない別れの時までの日々を楽しもうと決めた。 だって、記憶をなくすと知っていても、みんなと笑顔で過ごしたいから。 「雨天様、もち米が炊き上がりました」 「小豆もそろそろできるぞ」 縁側でお茶をして以来、私は時間が許す限り台所で過ごすようになった。 最初は小豆の作り方を見せてもらうだけだったのに、雨天様やギンくんの仕事を見ていると楽しくて、甘い香りに包まれるこの場所につい足が向くようになった。 「ああ、よい香りですねぇ。コンは、お腹と背中がくっつきそうです」 「なにを言っているのですか、コン。ついさきほど、お昼をいただいたばかりでしょう」 「バカですね、ギン。この世には、別腹というものがあるのですよ」 私と同じように台所に遊びに来ていたコンくんに、ギンくんは呆れたような視線を送っている。 ふたりのやり取りが微笑ましくて、もうすぐ炊き上がるであろう小豆を横目にクスクスと笑った。
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