お品書き【四】 おはぎ ~別れるその日まで~

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充実した日々の中、私も何人かのお客様に会う機会があった。 老衰で亡くなった雑種の中型犬のお客様は、ひとりで暮らす飼い主を案じ、飼い主の最期の時まで傍にいられなかったことに深い自責の念を感じ、心に傷を負っていた。 ひがし茶屋街は、散歩コースだったらしい。 ある家の一室に座敷童として住み着いていた女の子は、家主が老人ホームに入ることで老朽化した家を取り壊すことになり、居場所を失くして泣きながらここに来た。 この街のはずれが、その子がいた家だったのだとか。 他にも、何度も生まれ変わって百年以上も生きたと自称するまん丸の三毛猫や、妖となり森の奥に棲んでいたつがいのカラスたち、百歳の誕生日を迎えたばかりで天寿を全うしたという男性の幽霊も訪れた。 みんな、それぞれに心に深い傷を負い、そして揃って心を癒やされてあるべき場所に帰って行った。 最初のお客様が狛犬の神使だったから、誰が来ても驚かないかもしれない。 そんな風に思っていたこともあったけれど、客間に足を踏み入れるお客様の姿を見るたびに、毎回何かしらに驚かされることになった。 それでも、こぞって笑顔であるべき場所に帰って行くお客様たちを見ていると、私も温かい気持ちになってしまう。 今のところ、ひとりも生きている人間のお客様が来たことはないから、どうやら人間のお客様の存在が珍しいということもコンくんから聞いていた通りなんだとわかった。 こんな日々を今ではすっかり受け入れてしまっている自分自身に不思議な気持ちにはなったけれど、いつの間にか私はこのお屋敷が大好きになっていた――。
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