お品書き【四】 おはぎ ~別れるその日まで~

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第二次世界大戦の空爆を受けなかったことによって、古い街並みが残るひがし茶屋街。 ここを訪れるたび、おばあちゃんはいつも懐かしそうに『変わったけど変わってないわ』と微笑んでいた。 「だから、おばあちゃんは雨が好きなんだって」 おじいちゃんと出会った日は、恵みの雨だったのかもしれない。 それを降らせていたのは、雨天様に決まっている。 そんな確信を持って雨天様を見ると、柔和な笑みを向けられていた。 「この力を持っていることを心から嬉しいと思う日が来るとはな」 「え?」 喜びを噛み締めるように意味深に紡がれた言葉に目を見開く私に、雨天様はどこか申し訳なさそうに、そして自嘲も混じらせた笑みを浮かべた。 「雨を降らせる力が嫌というわけではないが、自分自身が嬉しいかと言えば今までは心底そうとも言えなかったような気がするのだ。だが、今日はとても幸福感を感じている」 意外に思えたけれど、一般的に雨を嫌う人は多い。 大抵の人は梅雨を疎ましがるし、その時期のワイドショーからは『洗濯物が乾かない』だの『ジメジメする』だの、ネガティブな声ばかり聞こえて来る。 そういうことを考えれば、いくらお客様の傷が癒えた証拠とはいっても、雨を降らせることを心底嬉しいと思わないことが普通なのかもしれない。 ただ、私はおばちゃんのおかげで、この件に関しては一般的じゃない。
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