お品書き【四】 おはぎ ~別れるその日まで~

14/21

344人が本棚に入れています
本棚に追加
/172ページ
「ああ、ただの夏バテだ。どうも歳を取るとダメだよなぁ」 「あの……じゃあ、大丈夫なんですか?」 「入院は、念のためだとさ。昨日入院して、明日の朝に問題がなければ、午後には帰って来る予定だ」 「よかった……」 ホッと胸を撫で下ろすと、コンくんも安堵の息を吐いているところだった。 奥さんが好きなのはコンくんも同じだし、お互いの顔はきっと不安の色が色濃く出ていたに違いない。 「まったく……。だから、言ったんだよ! 昨日はちょっとしんどそうだったから、無理して買い物になんか行かなくていいって」 「体調が悪いのに買い物に行かれたのですか?」 手を止めたままのコンくんが眉を下げれば、猪俣さんが少しだけ気まずそうな顔をした。 なんだろう、と思っていると、皺がたくさん刻まれた顔が照れ臭そうに背けられ、太い指が頭をポリポリと掻いた。 「昨日は結婚記念日だったんだ」 「そうだったんですか? おめでとうございます!」 「この歳になっても、まだ祝うなんて言うから、こっちはいいって言ったんだけどさ。祝うって言って譲らないから、代わりに買い出しに行こうとしたら、それも止められたんだ」 「なにか理由でもあったんですか?」 きっと、そうに違いないと思いながらも訊けば、猪俣さんは呆れ混じりに笑った。
/172ページ

最初のコメントを投稿しよう!

344人が本棚に入れています
本棚に追加